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週末~



土曜日は街に出た。
食べたいラーメンがあったから。
少し栄の町をふらりして、餃子とチューハイ飲んでからラーメン屋さんへ行った。

名古屋、栄にあるチャオチャオ餃子で軽く餃子を食べる。
夜は涼しかったから外で食べた。

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ロフト付近にあるもっこすのラーメン。
海苔ラーメン小盛。ここのラーメン美味しいわ~♪

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穏やかな夜、今が一番気持ちい季節。
子供を連れて街まではあんまり来ない。子供は楽しそうだったからこれからはどんどん街に出よう。もつし。公園もあるし、バギーがあれば楽々~

夜の街でお姉さんに可愛がられる・・。

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日曜日は、2人で公園で過ごす。
かれこれ4,5時間は遊んだ。公園で一度気の会う年上の子をみつけると、最後までしつこく追い掛け回す。むこうもはじめは楽しんでも最後ではうっとうしくなるらしい。空気が読めない子供、毎回そんな感じで、引き離すことはどんな手段でも無理、公園は週末にまとめて行くようにしたい。

こういった事がなければ何時間でも公園行っても自分もストレスないわ。
どこ行っても、不思議な行動、うっとうしがられ、時には年上の子は乱暴も激しい。それでも輪に入ろうとする。積極的というよりは空気が読めない。まわりの普通の3歳児はそこまで酷い子はいないので・・・。公園が憂鬱な理由はそれ・・・


公園で地球の模型を見るなり日本を指差して「これこれ、ここ」っと。
あれ?日本がわかるの?教えてないけど、「日本はどこ?」っともう一度質問するとやっぱり「ここ」っと指差す。「幼稚園でやったの?「うん」っと。やってるのか!どうか!


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ベランダに出ると満開のバラが。
ピンクのナエマはとっても良い香り。

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母に日のkai (19).JPG

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バラが咲くちょ自分も優雅に。
この香りが一年中嗅げれば年中リラックスできるわ。

なるべくひと気が少なく、広い公園をさがしてる。
そいえば自分が子供の頃もひと気がない公園に連れていかれる事ががおおかった、3人兄弟だったから、もったけど。私も手のかかる子どもだったのか!

「子供なんてみんなわがままでしょ」っと言う人もいるけど、確かに私が子供時代の昭和の時代ではそうだった。ワンパクで、元気があるほどいい子どもって言われた時代。でも良い子供の条件は今は違っていて、大人しい、聞きわけが言い・・・など・。だからパワフルな子供は目立ってしまう上、親は躾がなってないと非難されまくり。私は非難されまくってこの3年間は生きてきたから、今は慣れてきた、麻痺したのかもしれないけど、何か言われると(あ~来た来た~)ってもうかまえてるもの。
そして(いつもの事、頭ごなしに非難する人はだから何はなしても無駄、平行線だわ~無視無視・・)って思うもの。



子育て本を10冊注文した。
4歳手前になれば、悩みの種類も変るから新たに本を仕入れようと。

子育ては自己流でいいんだ。
他所の子と比べなければうちの子はいつも100点満点。
比べさえしなければ、子供も大人も誰でも100点満点だね!!!
軸や基本、普通といったものを全部取り去れば誰だって100点満点になれます。

ある本を注文する際の説明文のちょっとそんな事が書いてあった。
そうだねっと納得。誰かに比べられても、自分は比べない、を通そうこれからは。
もしこの地球に自分と子供しかいなかったら?って考えたら比べるものがないから子供の評価も100点って思えるもの。それと同じ感覚でやればいいのね。

どこの子供もマニュアル本を持って生まれてくるわけではないから(そうなら苦労しないな)、その子を育てる親が子供の特徴を見て、自己流でベストを尽くせば、100点ってことじゃない?!頑張っても出来ない部分は能力の欠けであって、その子のせいでもないし、埋めなければ生きていけないわけでもない。少しだけ嫌な思いをしたり、苦労はあるけど、人間なら誰しもがそうだと思えば、たいした問題じゃないし。
「みんなちがってみんないい」って言葉があるけど、そういう意味なんだね。
欠けてる部分や盛り上がってる部分の種類(個性、能力など・・)がみんな違うから成立つわけ。オールにやらないといけないよ!オーラは社会が(会社が)勝手にやってる運動なだけで、もともとそうやるから世の中おかしくなるって思う。


体育の先生に算数やれと言ってもね~
音楽家に料理やれと言ってもね~
勉強できない人に東大受けろって言ってもね~
料理苦手な人に料理人になりなさいって言ってもね~
背が高い人に、低くなりなさいって言ってもね~
声がでない病気の人に喋りなさいって言ってもね~
生まれたばかりの赤ちゃんに立ちなさいって言ってもね~
3日間眠ってない人に起きてろって行ってもね~
無理なんですよ~。

今の日本のやりかたでは日本人がみんな自分らしく生きられない。
って事はその先には明るい未来も見えないわ。
だから毎日、息苦しく感じる不器用な人にとっては。

そもそも今まで、ずっと(自分は何やっても出来ないから、不器用だから、バカだから損だな~っ)って思ってたけど、そう思う人がいる地点でそれも差別に入るって思う。まずは自分と違う人を非難しないことからはじめないとね。そう思うようになってからあんまり人の事を責めたりしなくなった。昔はいつも人の悪口ばかりだったけど。文句ばかり言ってる親元で育った子供は大人になっても、毎日誰かを責めてる。そんな母親にだけはならないようにしたいな。


自分は不器用で(手は器用だけど)、バカだし、いつもどこかで叱られて、軽蔑もされて、嫌われてるけど、そんな自分でも、平和を願うから良く考えて行動したいなって思う。意外と平和を願いながらも人には嫌な思いを平気でさせてる人が多いって感じる。嫌われても、自分はちゃんとしてるのなら、堂々といられるし。

私の母は、人付き合いも全くダメで、バカだし、まわりからも凄い目で見られてたけど、いつも自分流を貫いていた。なんでそんなにダメダメなのに堂々とだけは出来るのか不思議だった。いつもこの母は何を行っても動じない人だって思ってたけど、それでよかったんだって今思えるようになった。

イヤミも、自慢話もぜ~んぶ自分にとって害なら無視でいい。
何の意味もない言葉に属することって、無視しちゃってもいいのかも~。
気にするから壊れていくんだね。きっとそうやって自分も変りすぎちゃったわ。
だって自分を愛してくれない人に時間かけてもしょうがないもの、少しでも自分に愛情くれる人達に自分の持ってるハートをわけてあげたいから。そこに時間をつかいたい。誰からも非難されない人生を目指すことに使う時間はいらない私には。

相手を理解するのも愛情。
非難も愛情のうちに入るのではあるけれどね。
無関心ですから、本当の愛の反対は。

育児本をいくつか探してみて、説明文読んでいたら、(あ。この人ピンポイントずばり突くな~)っていう著者がいて、その方の名前で検索したら、発達障害の本も出していた。(あ~やっぱりな)って思った。ちょっとピンとくる本は発達障害というものも含めて子育て本を書いている人ですね。でないければ短い文1,2行読んでハッはきませんもの。自分の経験を活かして書いただけの育児本は一人歩きするんですだいたいは。ベテランの保育士であっても、発達障害というものはある程度勉強していないと、あるいは自分の子供はそれにあてはまってよく知っているとかでない限りは分らない領域になるんだと思う。

いままでも子供の相談を多くの人にしてきたけれど、的外れじゃない話ができた相手は少なかった。だいたい同じような子供を持ってる親とはすぐに話が合った。
普通の子供を持って、普通の子育てをしてきた、人には全く関係のない話かもしれないけど、子供を持つなら発達障害という言葉くらいは知っておくべきと思う。

例えば児童館へ行くと、0歳や1歳の子供を自由に遊ばせて、ママ達は1,2時間見もしないで輪になってお話し中で。そんな時にもし発達障害の傾向がある3,4歳の子供がいて、例えば押したりした時、あとからかけつけて見ていなかったのに、相手に対して親の躾けのなさに非難。もちろん発達遅れの子供を持つと実際は躾けの事で非難の連続が当たり前なのですが、こういう光栄を沢山児童館で見てきましたが、まず児童館はそういう場所ではない。子連れの託児が付いてるカフェだって探せは少ないけどあるし我が町になら。

世の中には発達障害という子供もいて、その数は1クラスに3人だと言われている事や、いつどこでそういった子供がいるのか分からないから自分の子供は責任持って見ていてほしい。確かに24時間見るのは出来ないししんどいけど、幼稚園入園するくらいの年まではきちんと見て欲しいって思う。発達が遅れてる子供を非難したりするのではなく、どんな特性のある子供でも子供は一緒に遊ぶのが大好きだから、親はとやかく言わないで、見守るだけにしてほしい。今って親が過敏すぎて、過干渉だし、昨日の公園でも5,6才なのに、危ないから遊具はダメだめ!って子供に言ってる父親がいた。どんな大人になっていくんだろうって思った。
よく公園で、はた迷惑な子供を良く見るけど、順番を守らない子供なんかには私は優しく注意しますけど、だいたいがすぐに分ってくれますので、親が見ていないからルールも破る。子供は大人が見てなければルールを破るのが普通だし。他所のおばさんの一言ってずっと残る場合がある、自分も他所の親に叱られた事を今でも覚えているしそれがあるから今の自分がある。


良く公園で子供が誰かを押したりした時、平気な子がいたりする。
だいたいは家に兄がいたりして、鍛えられてるからなのか、けっこう平気で、兄弟のいる親はいちいち文句もいわない。謝ってもこんなことで?って顔するママもいるくらい。それが1人目で特に大人しい系の女の子の親だと大変なことなにる。友達の子供も兄妹だけど、下の子は確かに兄からいつもたたかれて泣きっぱなし。だから多少のことでは平気。自由で要領が良くて、おこぼれを貰ってる感じで、のびのびしてる、親も下の子には手をかけられないからものすごくのびのびしてる。そう考えると本当の、のびのびっていうのは自力で生きてる子のことを言うのかも、親が見てない所ではいっぱい泣いて、打たれて、勝手に強くなってるってことなのか・・


どんな子供もだいたいは素直で話かければすぐにベラベラおしゃべりがはじまる。女の子だと特に面白い会話ができる。ものすごく迷惑な子供を見ても、まずただ睨んだり、軽蔑の眼差しで見ずに、自分が優しくルールを教えてあげるようにしてる。子供を見てれば、親を見なくてもだいたいは分りますね。それもわざとなのか、発達おくれなどが原因で手が出ているのかかもすぐに見分けがつきます。自分の子供は発達遅れだからこそ、見れば本意での意地悪なのか、まだ理解がないからなのかは見る人が見ればわかるものです。意地悪でやってる子には即座に注意、でもだいたいは口答えせずにいう事聞きます、他人に言われると心にしみるものです子供でも。発達遅れの子供の場合は注意はまずしない、見守るだけ、だいたいそういう子には保護者が張り付いてますから、だいたいは頭下げまくってますが、私は「そのうち分かる用になるね~」っと言うだけです。


コメント(0) | トラックバック(0) |2015年5月11日 08:44

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