追加


目を合わせて話そうとしただけで、後ろを向いて、目をつぶる。
私がその場から立ち去るまでずっと、目をつぶって拒否。

自分では一生懸命やってきたつもりでも、子供にはそうじゃなかった。
幼稚園で、怒らなくていいから言い続けて、と言われた事があったが、もちろん生まれてからずっ約4年間やってる。普通はそろそろ4歳と言えば効果が少しはあってもいいのかもしれない。

3才の時は夫婦でガミガミ言ったり、子供に強く言ったり、していたので、子供も参ってしまったのかも。それがたまって今になって出てきたのかもしれない。
夫婦で不器用なのだ。子供をここまで追い詰めていたのかと。


療育センターへ電話して訓練がいつごこ出来るのか聞いてみたら、予約でいっぱいで後で確認してかけますっと。療育センターでは小児科、精神科・・・っと色々揃っているようなので、一度訓練や発達相談とは別に予約をとって相談してもいいのかもしれない。


ただこんなに訓練を受けるだけで、待つなら、ちょっと心配も増える。
今受けたい、って時には受けられないので、発達検査も、相談も、訓練もそれぞれ数ヶ月は待つのですが、しかたないことだと思っていいます。

10年くらい前から自閉症そいう言葉が使われてきたようです。それまではただの頑固な子供、で表現されていたみたい。

今さっき、ずっともう子供が寝ている間に、自分は調べていましたが、たぶん「コクーン症候群」かもしれない。

癇癪、乱暴の他にもこだわりもすごい。
コクーン症候群にずばり当てはまってるのだ。
そして全く当てはまっていたのだ、自分の子供の頃に症状に。
やぱっり自分も発達の面で、どこか何かしらあったのだ。



あるサイトにこんな事が書いてあった。
↓↓↓↓↓↓


最前線の育児論byはやし浩司(Biglobe-Blog)
最前線で活躍するお父さん、お母さんのためのBLOG より

●がんこな子供(コクーン症候群)


【がんこな子ども】(高機能自閉症スペクトラム・コクーン症候群)

(症例1)

私が、その子ども(年長女児)に、こう話しかけたときのこと。
「今日は、いい天気だね」と。
その女の子は、こう言った。
「今日は、いい天気ではない!」と。

私「でも、いい天気でしょ」
子「あそこに、雲があるから、いい天気ではない!」
私「少しくらいあっても、いいじゃない。いい天気だよ」
子「雲があるから、いい天気ではない!」
私「でも、気持ち、いいでしょ。いい天気だから......」
子「雲があるから、いい天気ではない!」と。

(症例2)

学校の先生が、帰りのしたくのとき、子どもたちにこう告げた。
「今日は、みんなで、いっしょに帰ってください」と。
そこで小学校2年生のA子さんは、帰りの支度をすますと、靴箱の前に並んだ。
が、ほかの子どもたちは、数人ずつ、連れだって帰ってしまった。

A子さんは、そのまま靴箱の前で立っていた。
それを見つけた別の教師が、「どうして帰らないの?」と声をかけると、A子さんは、
こう言った。

「だって、みんなと帰る」と。
A子さんは、みながそこに集まるのを待っていた。

教師「もう帰らないと、真っ暗になってしまうよ」
A子「先生が、みんなといっしょに、帰りなさいと言った」と。

(症例3)

B氏は、妻Cさんの運転する車で、ドライブをしていた。
そのとき妻Cさんが、道をまちがえた。

B氏「おいおい、その角を右へ回るんだよ」
妻C「道がよく似ていたから......」
B氏「いつもは、その角を回っていたじゃない......」
妻C「あなたがしゃべっていたから、道をまちがえたのよ」
B氏「しゃべっていたって?」
妻C「運転しているときは、黙っていてよ」と。

B氏は、そんな妻Cについて、こう言う。

「ぼくの妻は、言われたことはきちんとする。
しかしそれ以上のことは、まったく、しない。
居間が汚れているから、『掃除機をかけてよ』と言うと、
掃除機をかけて、それでおしまい。
つぎに「散らかっているものを、集めてよ」と言うと、
散らかっているのを集めて、それでおしまい。

気になるのは、言葉の冗談が通じないこと。

大きなケーキを食べているとき、『そんなに食べると、
ブタになってしまうよ』などと言おうものなら、本気で
怒り出してしまう」と。

●アスペルガー症候群

自閉症は、自閉症と高機能自閉症に分けて考える。
さらに高機能自閉症とアスペルガー症候群は、分けて考える。

高機能自閉症の子どもは、日常的な会話に困難を示す。
これに対してアスペルガー症候群の子どもは、日常的な会話には、目立った困難さを示さない。

アスペルガー障害児の専門HP「コクーン」には、つぎのようにある。

+++++++++++++++以下、「コクーン」より++++++++

『......しかしながらアスペルガー症候群の子どもたちにも、よくコミュニケーション上の課題が認められます。語彙は豊富で、単語や知識を熟知していても、文脈や全体的な状況の中で、言葉を理解することが苦手です。比喩的表現、関係の中で意味が変わる抽象的表現、言外の意味や言葉の背後にある意味を伝える表現は、理解しにくく、他人の意図を取り違えることが多いのです。

具体的に、短く、明確に説明してもらわないと意味が理解しにくいことも多いのです。

 また、言葉の使い方(語用)に課題が多く、すぐれた言語表現能力をもっていいても、「今日はどうだった。」 「どうしょうか?」などの自由回答型で概括的な質問には、適切にこたえることができないことがあります。会話の根底にあるメッセージをうまく感じ取ることができにくいからです。一方論理的に回答がひとつ導かれる質問や自分に関心のあるテーマに応えることは得意です。
 
 またアスペルガー症候群、高機能自閉症共通の特徴として、表情、身振り、視線などの非言語的なサインで、メッセージを読みとったり、逆に相手に自分の気持ち伝えたりする非言語的コミュニケーションも、できにくいという。

 これらの特徴のために、相手と距離感がとれず人に近づきすぎたり、あるいは無視したり、避けたりしているようにみえることがあります。また時に一方的な饒舌にみえたり、場面緘黙のように見えたり、することもあります。人によってコミュニケーションの問題は形をかえて表現されるのです。

しかしいずれも相手の意図や文脈、状況がうまく読み取れないことは共通しています』(以上、「コクーン」より)と。

+++++++++++以上、「コクーン(cocoon club)」より++++++++++++

●がんこな子ども

高機能自閉症とか、アスペルガー症候群とかいう言葉が、一般的になったのは、
ここ10年ほどのこと。
それまでは、「がんこな子ども」と評され、その範囲で、位置づけされてきた。

このタイプの子どもは、あたかも「殻(から)」にこもってしまったかのように、
ときとして、異常なまでに、がんこになる。
ふつうの子どもなら、何かのミスをし、「あら、ごめん!」ですむような場面でも、
「私はまちがっていない」という立場で、どこまでも自分を主張する。
反対に、叱ったほうを、逆に攻撃することもある。

私、不注意で、花瓶を割った子どもに、「だめじゃないか、こんなことしたら!」
子、すかさず、「先生が、こんなところに花瓶を置いておくから、悪い!」
私「悪いって、ここがみんなからよく見えるところだからだよ」
子「先生だって、この前、粘土で作った私の工作をこわしたでしょ」
私「いつ......?」
子「うちで見たら、こわれていた」と。

一度、殻にはいってしまうと、そこから抜け出るのが容易ではない。
そのことだけに強い、こだわりを示すようになる。
そして一度、そうなると、融通性をなくし、ますますかたくなな態度を示すようになる。
こうした症状を総合して、「コクーン症候群」と呼ぶ人もいる。

●対処のし方

このタイプの子どもと、(おとなも、そうだが)、本気で対峙すると、
(怒り)がそのまま増幅されて、こちらのほうが、かえって気がおかしくなってしまう
ことがある。

たとえば、最後には、こんな会話になる。

私「あのね、花瓶を割ったら、すなおにごめんねと言えばいいの」
子「どうして、ごめんと言わなければならないの?」
私「花瓶を割ったからだよ」
子「私は割っていない。落ちたから、割れた」
私「わざとでなくても、不注意で割ったのだから」
子「どうせ、謝っても、許してくれないでしょ」
私「あのね、一言、『ごめんなさい』と言えば、それですむ話だよ」
子「だれだって、花瓶を割ることくらい、あるでしょ」と。

一度、その子どもが殻に入ったのを感じたら、先に、こちらのほうが、引きさがる。
引きさがって、それですます。
この子どものばあい、「私は悪いことをしていない」という殻の中に、入ってしまっている!

そのため説教したり、言葉で説明したりしても、意味はない。
言い方をまちがえると、かえってその子どもを、さらにがんこにしてしまう。
しばらく時間をおくか、一呼吸おいてから、その話題に触れる。
(そのときでも、殻に入ってしまうことが多いが......。)

言うべきことは言って、それですます。
もちろん症状にも個人差があり、軽重がある。
「他人とのコミュニケーションが、うまくとれない」というようなばあいには、
一度、各地にある、「発達障害センター」などの窓口に相談してみるとよい。

なお、年齢的には、もちまえの(がんこさ)は残るものの、思春期前後から、
症状は改善し、おとなになるころには、見た目には、わからなくなる。
それまでに大切なことは、症状を、こじらせないこと。
無理に強制したり、はげしく叱ったりするのは、タブーと心得ること。
とくに乳幼児期には、タブーと心得ること


・・・・・以下の子とを読んで納得。
他にも自分にも心当たりがある事がある。子供の時は毎日が世の中に対して怒ってばかりの自分、本当に苦しかった。大人になって自分でなんとなく自覚して、病名はわからなかったものの、それなりに改善するために病院や本などで10年近くかかったけど、少しはまっしになった。怒りもなくなった。ハルクか?ってくらいでしたから。私はいつでもハルクになってたんです、子供の時は。

私「今日は雨だから公園いけないね」
子供「雨じゃない、行くの~」

ここから先は泣きじゃくって訴え、気の狂うほどに暴れ・・・。
今はおさまるのを待つか別の物で気をそらす。でもそらしても、またすぐにその分野で癇癪。だから毎日いっぱい材料を用意ししてる。

これで喚いたら、こっちに気をしらそう。また喚いたら、今度はこれで・・・・っていくつもいくつも。だから1日に、クッキング、粘土、公園・・・っと。
「まわりにそこまでやって凄いね私は無理だわ」、と言われるけど私だって無理です。4年とか続くとさすがに限界です。でもやらないと今度は子供が精神的に参ってしまう。高熱、嘔吐、腹痛、泣き続ける、血が出るまで自分をたたく、家具をたおす・・・・っと。

でも,こう見えてもスイッチさえ入らなければ、穏やかで、聞き分けもある。
ニコニコして。こだわりの部分は安定している時もある。ニコニコでも頑固なまま。
だから友達に逢わせたり、家族に逢わせたりしても内弁慶で、いい子ちゃんを演じるから理解されない。それも帰宅するために車に乗ったら、乗った瞬間スイッチが、演じて疲れたのか一気に噴火。

人に子供の子とを話すと、「どこが?」で終わる。
でもスイッチが入る所を目撃した人は本当だね~ってなる。


子供「ドーナツちょうだい」
私「ドーナツ?買ってないよ?」
子供「ちょうだい、え~ん(泣く)」
私「今日はもう夜だしお店がやってないから明日買いに行こう」
子供「ドーナツ」っとただ永遠と泣きさわぐ。
私「明日は食べれるよ、約束しよう?」
子供「わ~ん」
・・・・

この地点でまだ気づいてないのだ。
私が強い口調で「だから、ないの~、あげたくても買ってないからない」「無いものはあげられないよ、ごめんね」
っとなる。「買ってない」と強く言ってわかる。

時期4歳なら分ってもいいような会話のやりとり、ここからスイッチが入って、「パパ怒った~」「汗かいちゃった~から~」「寒い~暑い~」・・・っと本人パニックに。こうなってくると可愛そうでも一度その場をさるしかない。そばにいても、目があっただけでもヒートUPだから。


目に見えない、軽度の自閉症の方は自覚がなくともけっこういるものですが、目に見えない分ちょっと困る時もある。スーパーでも「どこの子がこんなに大きな声で泣いてるのか」っと通りすがりに言われたり、「わ~凄い、ここまで凄い子みたことない」「ちゃんと躾けしてるの?」など・・色々。謝って→しかられて→説教の繰り返し。


これから先も本人が一番つらい。ただこの世に生まれただけで、もう戦争状態。
自分も25,6までは本当にこの世が地獄と思っていましたし、自分でもわけが分からない状態が続いた。何で私漢字が覚えられないんだろう。学校も勉強ができなくて苦痛だったし、小5で分数が出来なくて、暗算すら出来なかった。塾にいってから少しは成績も上がった。でも20歳以降は職場も恵まれてたのか、悩む事もなくなって、自分は思う以上に生きていけるんだな~って思っていたら、出産してから子育ての中で、またぶり返した。


子供が自分と同じで、突きつけられるのだ。目をふさげない。
自分がのり越えてきたように、きっとこの子も自分の気質と闘って自由な心で平和になってほしい。旦那さんの立場ならふさげる、仕事して、やることやってれば子どもは奥さんが育てるし、日夜、子供を見ていないからわからないし。でも毎日一緒にいると、リアルタイムで見ているのだ、そして関わっているのだ。


自分のストレスや、行き詰まりなんてない。そんなの可愛いレベルになってきたのだ。悩んでいる暇がなくなった、ということだろう。本当に忙しい人は悩んでいる時間すらもないはずな状況なのかもしれない。悩んでいるうちは幸せなのかもしれない。

子育てはみんなこんなに成長するにつれて深刻になっていくものなのか?
母親一人が、何前後子供に話しかけても、追いつかないのだ。旦那、自分の親、兄弟など親戚関係に恵まれた子には勝てない。私には血族者が0のようなものだから、っと思っても子供が時に不憫に思う。お年玉も、誕生日も全部、両方の両親のお婆ちゃんおじいちゃんから貰っている子供もいるというのに。

情緒が安定しても、いつもビクビクするようになった。
またいつ入るんだろうって。
夜も寝返りするdけで、自分が起きる。ヒヤッとするのだ。
もう4年経つのに、今に1回は必ず夜泣きがあるのだ。

1歳の状態で止まってしまった子供を育てているような。
母に、お前はダメな子、元がダメだから何やっても無駄、言われ続けて、今では子供を褒めるという簡単な事も出来ていない。意識がないのだ、知らないから。意識してもなんだか出来てないし。

親から当たり前にもたった方をみていると、子供にも自然にできていて、それが自分にはなんだか困難。といってもやってる。時々そういう親の愛情に恵まれた方を見ているだけでも泣きたくなるくらいに辛いのです。それで人とも話すこともしなくなった。必要な事、たしなみとして、挨拶以外は。無理して人の中に入っても実際は寂しさしかなくて、話のレベルも子供の悩みレベルも全く感覚が違うから。

アルジャーノンのヤマピーがドラマで言うセリフ。
「しかたないよ、どうにもならない事だってあるんだよ」
ってその通り。どうにもならないことは確かにある。
でも子を思う親なら、なんとかして少しでも最小限の所まではひぱってあげたい。

子供に出来ることは、自分の子供時代の経験談を話すことしか出来ない。
ママもあなたと同じ苦しみをこうして乗り越えたんだよって。

ご飯も2時間とかかかる。療育教室ではいったんさげる、とアドバイスが。実際にやると泣き→翌日病気。そんな感じでさげることが出来なかった。

けっきょく「食べないとレテビ見れないよ」「ミッキーちゃんいかないよ」っと脅しに。
「あと一口食べたらおしまいにしよう「頑張って~」「これ美味しいよ、食べてみたら」など言っても全く言ってる内容すら分かっていない。こちらの言ってる言葉が理解できないので、無理もない。子供は「わからない」っと言って泣くだけ。それ見て、本当に言ってる言葉がわからないんだね、って可愛そうになるだけ。

注意ばかりしてるから自信がなくなるのだ。
でも注意しなければ、酷いイタズラ。
子供のメンタル面を優先してみよう、これからは、でもそのかわり、もっと親子で浮くことになるだろうっと思う。そして甘えん坊のわがままになるだろう。
それでも子供の心を優先するなら、しかたないだろう。一体そんな育て方したの?って聞きなれていてもこれからも言われるのだろう。

どのみちどの選択を選んでもデコボコ道なのだね。
一般的な最低レベルの躾が、出来ない、しようものなら病気になるのだから。
でもこれからは子供に合わせたペースでいこう。だから自分ももうこれからは自分の時間も、ヘタすれば、妻業もできないかもしれない。夕飯なんて作ってられない日も今もあるし、家事も子供の為に後回しになるだろう。


病院の先生に水分とってくださいといわれた。
お茶飲もうか?といってもそれすらいう事をきかない。
私が怒ったり、注意したりする前からもうずっとそんな感じ。
出産して3,4日後にうちの子ちょっと変じゃない?って私言ってたもん、異常な泣き方なんかですぐにおかしいと分るものです。

もうこれからは病院へ行きたくないと行ったら連れていかない。
むりやりかついで連れていくと1ヶ月も酷い癇癪→また病気→メンタルダメージ。
だから連れても行けなし、薬も飲める時にしか無理。しかたない。強制したらおかしくなっちゃうから。こんなに可愛そうな思いをさせるなら、何言われてももう子供の心を優先してあげよう、そう思う。わがままな大人なんて大勢いる。

我がままに生きてるのも悪いことでもないかも。自分がない人よりはよほどいいし、意見がいえない人よりもよほどいい。


スウェーデン、アメリカ、各国の子育て方法のいい部分だけを取り入れた子育てをしよう。日本流ではちょっと会わない自分もだし。子供も外国人に良く好かれるし、良い評価をされる。日本とアメリカでは全く別なんだね。
スウェーデンでは-℃の外でお昼寝させるらしい、良く子供も冬の外で寝てたけど、本当に良く寝たわ。

世界各国の子育て方法は様々で面白い。子供が1人で公園へ遊びに行くのって、外国では特にアメリカでは絶対にありえないのだそう。ホームアローンも絶対にありえないのだそう。

コメント(0) | トラックバック(0) |2015年7月23日 10:24

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