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お絵かきプログラム 図工編③


らくがきステンシル



このセットも3つくらいたまってしまってる。
とりあえず1個だけ作った。3回目だけど、今5回目までたまってる。これは全12回で終わるのだ。冬休みは子供がいたから何にもできなかった、ただひたすら子供と一緒に何かをしてた。3学期がはじまって少し時間が出来たな、特に今日は。これは夜中にせっせと描いたのだ。

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宇宙をイメージしながら、未知なるものを想像しながら描いてた。
シールを貼って、ステンシルして、シールをはがして、最後はペンで書きこんでおしまい。


深夜だったな。一昨日の。
色んな事を考えながら、これを仕上げていた。
(あ~今日も子供を叱ったな、怒ったな~って)
(どうしたら普通の良い方で分かってくれるのかな?)・・・
しばらくほかっておこうかな・・など子供の事を考えながら仕上げてたわ。

世の中には出来るお母さんと出来ないお母さんがいることは確か。
私はスーパーお母さんにはなれないかな。うん。たぶん無理。
一生懸命な姿を子供の記憶に残すことくらいだわ。


子供の世界が、本当に子供の世界だけだったらいいのだけど。幼児時期は子供にママもセットだから、親同士の関係と子供同士の関係と、親と子両方の親子同士の関係では、全然違ってくる。子供は子供が選んだ友達と遊んでくる。親同士が合わない関係でも子供同士は仲が良かったりするのだ。またその逆もある。経験上、ママとは気が合って話しもあっていいのだけど、子供同士がイマイチ合わなくて、親子同士で会うとなんだかママ同士でいる時とは違う感じだった。子供同士はもともとの気質や性格も感覚も合わないから、むりやり一緒にレジャーの計画をして出かけても、子供はバラバラで遊んでいたり・・かと言ってもフっと見れば仲良くしてる場面もあるけど。


親子同士でで親密に付き合うとなると、両方がそこそこ揃ってないと無理なのだ。
だいたいママグループを見てれば感じる。経験上、ママは良い人で長く付き合いたいな~っと思っていたけれど、子連れで遊べばいっつも友達ママがうちの子にだけ注意ばっかりして。逆に自分の子供がうちの子に何かした時は見てなかった~や注意はなくて、そういうことが続くとちょっと無理だなってなちゃって。私はちょっと躾に厳しい派、で友達ママは緩い派だった。だからそこの幅が出来て、価値観や考えが合わなくなって、お付き合う無理だなみたいな。もしお互いに子供がいなかったら友達関係はずっと続いたかもしれない。自分の子もどんどん影響を受けて、その子と一緒に遊ぶと一緒になってマナーを守らなかったりしてしまう。それがなければ良かったのだが、うちの子も一緒になって悪をしちゃうってタイプだから、付き合う友達によって息子の場合は、そういうのがあるのかもしれない。相手の子が悪いということはけしてない。ただ相性の問題だと思う。

付き合う友達って、私も重要ポイントだった。影響も大きかったし。いつもネガティブでいる子と一緒だと本当に脳がそうなってく。色んな友達と付き合って思ったことだ。全く影響されないタイプの人もいるから、きっとタイプの話なんだろうな。良いとか悪いとかはないのだろう。自分が正しいって思ってたら、違う相手を批判したりするけれども、そもそも自分が正しいって思う事自体が怖いな~って。だって正しい事を信じてやり続けるとか、ある意味怖いし、楽な道だな~っと。私は正しいと思う事でも、本当にこれ正しいのかな?って何年もかけて自分に問いただしながら、ただ信じるとかじゃなくて、色んな方向から見るようにしてる。ただ信じるとかなんだか、占いみたいで、行動的じゃないなって思うわ。


以前も、友達にママに私はいつもガミガミ子供に怒ってばかりで、うちの子にまで注意して、それが不満と言われた。けど私にしてみれば、親であるその方が本来なら自分の子供に注意すべきなのにそれをしないから、公共の場だししかたなく私がその役をやったのだ。一緒に遊ぶからには、それなりにきちんとマナーは守ってほしかったから。でも相手はそうは思わない、そこで被害者になっちゃったんだろうな気持ちが、となれば当然相手から見た私、の方は加害者になるのだ、その方の中では、そうなってくるとちょっと考え方が違うので、お付き合う無理だな~って、自然に自分からお誘いしなくなりますね・・。良いとか悪いではなくって、しかたないという枠でくくりました。第3者の目になって見れば、どちらが正しいか、間違ってるかは、どうちらとも言えないと思った。なぜなら、周りのママに相談するとあきらかに誰もが私に意見に賛成だったし、放任主義は一番困るし、子供本人のためにも良くないっという意見が多かったのだ、ほとんどの方がきちんと躾する派だったので、私も少しは反省したり、本当に自分は厳しすぎるのか?とも考えていたけれど、そうでもない感じだった。実際に結果的に相手のお子さんは、強い心や我慢する心や忍耐力がない子だと知る事になる後に。

子供時代の自制心こそが大人になってから大きく関わってくるようで、実験でもありますこれは。なので、子供が可愛そうだからとか、そういった事で、例えば子供の泣き声やグズリに負けたり、約束したことを今日だけだよなど許してしまったり。うちは必ず3食。子供はお腹が空いたと訴えても例外は与えない。おやつは別だけど。それを負けてあげてしまって、で夕飯のおかずを食べなくなる。結果たらたら食べになる。でもそれって誰が悪いのかなって思う。子供の言うことに乗せられてしまって。おやつだって食べる前に必ず種類と量を決めてから食べるうちなら。子供に問題があるとは私は思わないな。線を引くところはきちんと線引きするので私なら。こういうとき、自分が可愛いのか、子供が可愛いのかどっちを取るかってことだと思う。自分が楽な方へ選択するならそうれなりの結果になるだろうし、で後から子供がこうでああで・・・っと言われてもアドバイスする気にはならないいんです。だって自分の都合でそうしたわけだしね。本気で子供の将来を考えるなら選ばなくてもひとつしかなのだし。

5歳以上はもう物事が分かるからそれも時々はありだけど、例外もあるよみたいな。5歳くらいまではビシッとしないとね~っと思う。で実際にそのお子さんは例えば幼稚園での人間関係やお稽古の先生との関係などで、つまずくともう行きたくないっとなる。幼稚園でもお稽古でも行きたがらないっという話を聞いた。私は子供さんが可愛そうでしかたなかった。でも残念ながらそういう環境をママが作ってるわけだ。うちも同じく講師とかには気に入られるタイプの子供ではない、力がありすぎて乱暴だと評価されるし、言葉が遅いとそれも悪い評価しかされなかったり、しますし。だって嫌いな子供に徹底的に悪い評価しかしない先生っていますよこれは小学校とかでもそう。あ~講師さん感じ良くないし、子供だって敏感に感じ取って行きたくない・・っとなるのでしょうね。それは分かる自分はそういう子だったから。でも我が息子は私が子供を不憫に思って、「OOの稽古辞める?辞めてもいんだよ」っと言うと「どうして?」っと聞いてきました。私もそのママと同じでした、子供が可愛そうだし、辞めようかなって何度も考えたり、あらゆるお稽古です。ひとつの場所を指しているわけではないです。でも本人は「嫌だ、行きたい。楽しいから行きたい」っと言うんです。

それで、親の判断と子供の視点は別物だな~って思った。子供はそうじゃないんだって。好きな事がやりたい。親が先生を好きじゃなくても子供には関係ない事で、それが理由で辞めさせるのは親の勝手な都合なんだな~って。子供がやる気があるならやる気があるうちにやらせたいな~って。私も思えるようになった。だってなにかを習得する、修得?する為に行くわけだし。親が知ってる子供と、他人が知ってる子供の脳力もズレが生じるしね。つまり親だからと言って、子供の事をすべて知ってます、分かってますってなっちゃダメなのかもしれないな。じゃないと他人の意見やアドバイスも素直に聞けなくなっちゃうし。5歳君は単に、家にいるよりもお稽古先で友達に合えた方が楽しいと思っているのかも。この人嫌だねっと親が子供にオーラを出しちゃうと子供にも伝わるのかも。友達ママの子と同じ状況だったけど、でも子供同士は全く違う気持ちだった。確かに私は講師に文句があっても不満があってもそういうオーラを雰囲気を子供には見せたりはしません。見せるか、見せないかでも子供の気持ちも変わって来るのかも。


意地悪な一部の子が例え原因でも、うちの子だってそんなのしょちゅうあるけど、その程度の事ではへこたれない心に育った。私が厳しすぎるので、きっと厳しいと世間で言われる幼稚園でも息子にとってはぬるいんだろうな、なんだって一番怖いのはお母さんなのですから。そして何度泣かされてもハバにされても、絶対に引き下がらない、なので息子はいつしかは相手が折れてだいたいは友達になっちゃうパターンです。


ずっと悩んだりしてきたけど、それでいんだって思います、男の子は。
こんな厳しい幼稚園でも、子供は本人は何かを楽しみにして笑顔で通ってますから。どんな園でもそういったことはあるので、相手が問題っというよりかは、自分の子供に問題があるって思わなきゃ変わらないように思うな。担任がどうとかじゃなくて、いじめっ子がどうとかじゃなくて、問題だって奥を掘り返せば自分の躾方やかかわり方に間違いがあったからっという場合もあるし。経験上、あるママが子供に対して結果が出なさすぎて諦めちゃったと宣言してた。それを聞いて、私ももうこの方には応援できないなって思った。諦めた人に応援は出来ない。本当に自分も息詰まる子育てをしてきたけど、諦めることだけはしないっていうのが信念でして、だって子供もあきらめちゃう子になっちゃうでしょう。もしかしたら私が諦めないから子供もそういう雰囲気になってるのかも、とにかく5歳君がしつこい。練り強いと評価する人もいれば、我がままだと評価して親の私が叱られる場合もあります。それだって自分で判断しなくちゃいけないんでしょうね。他人の言う事をすべて聞いて血迷ってもしかたないし。でも意見は聞いてはおきますけど意見として。だって頑固になりたくないですから。

自分が人付き合いダメダメなので、そういう所は本当に5歳くんを尊敬します。そっか、嫌な事言われてもされても傷つかなければいいんだってね。5歳君は誰かを誘って相手にされなくても、諦めない、泣かれされもすぐに考えて、じゃあ今度はこうしてみようみたいに自分であれこれ工夫しまくって、たいだいは最後は仲良くなる。いつだったかある友達を誘ってずっと何カ月も断られていたけれど、1年後には一緒に遊ぶことが出来た。どうやら相手の子は人見知りが激しくて、まず誰とも遊ぶ事はないそうだ、特にキッズルームなんてもってのほか。でも5歳くは1年もの間諦めずに粘り強く頑張った。なぜそこまで頑張れるのかな~って思うと答えはひとつしかないのだ。大人も含めて人(友達)が大好きなのだ。好きな分野だからへこたれずに頑張るんだろうなきっと。確かに力のある子だからテンション上がればコントロール不能になっちゃう時もあるけど、いつだって友達を選ばない所はすごいわ~って。人を差別することがない。だって同じ5歳でも、OOくんとは遊ばない、とかOOくんとしか遊ばないとかあるものね。5歳君は友達が命~みたいになってるわ。一体誰の子なんだろう?って思うわ。

昔は子供を叱ると、後悔して泣いていたけど、今では凛としていられる。叱る時は叱るし、怒る時は怒る。
それでいんだって思うわ。遊ぶ時だって思いっきり、スキンシップだって思いっきりするわ。
叱らないで、のフレーズとか育児本にあるけど、それが放任主義にママに影響しちゃってるんでしょうね。中身を見てないから勘違いして、都合のいい言葉だけ拾ちゃってる。そんなこと書いてないのに。公共の場でマナーが守れない子を見るとみっともないし、いったいどういう関わりしてるんだろう?って思う。なのに健全な大人になる事をママは祈ってるし、なんだかバラバラだな~って。だから良いとか悪いとかは別で仲良く出来ないですそういうママとは。そいういママは注意してもこっちが加害者あつかいで、きっとずっと気づかずに自分は被害を受けたって思っていくんでしょうね。なお更私は無理かな。

でも叱る時は叱らないと、本当に物の分別が判断出来ない子になっちゃう気がする。うちの子は普通の子供より何倍も声掛けしても、本人が理解するまでに時間がかかるタイプでした、発達遅れもあったし。発達も療育や独学方法でかなり伸ばすことができましたけど。とにかく3歳で普通は分かって来るような内容でもうちはだいたい1,2年は他の子よりかは理解が遅かった。同じ療育へ行っていた子たちもそうだと聞きました。理解の部分で時間がかかる子だと分かったわ。けど身内や親族(血筋じゃない方)からは躾をしてないみたいに言われまくって、私はそういう方のそういう言葉は一生忘れないと思うわ。一生心を開いてしゃべることもないだろうな。同じ家族で仲良く出来ない大人の方がよほど努力してないな~って思うから。自分の人間性を客観的に見てほしいわ。そういう意地悪な自分をよく愛せるなって思っちゃうわ。どんだけ問題があっても家族なら、罵り合うんじゃなくて、もっと向上できるようになりたいわ。自分が作る家族はそうしたい。まぁ出来てないけどね今の地点では。かといって依存という意味ではないけれど。人に依存しない生き方をしようって思ってスピリチュアルを学ぶも、依存っていっぱいあるわね。依存離脱~

頂いたネギでネギや焼き。
田舎でしょうか、ものすごく太い。大根や菜っ葉も色々貰ったけど、農薬のない野菜って、野菜~って感じ。あ~野菜~

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コメント(0) | トラックバック(0) |2017年1月13日 08:53

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