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ロゼットウェットティッシュの蓋 講習

この前、ロゼットの販売資格をとりました。
今日は、ロゼットの蓋バージョンの講座を受けました。

実際にはまだロゼットは販売もワークショップもやっていません、9月のフリマで置いてみて様子をみようかと思います。メインはハーバリウムアクセ作りなので、ロゼットは販売のみになります。でも機会があったら次ではロゼットのワークショップやりたいですね~。


可愛い感じになった。


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子供2人は風邪。
ベビーはずっと泣きっぱなし&グズグズ。しかたない、辛いんだろうな。旦那さんと子供達が病院へ行ってる間に自宅でロゼット講習終了。そしてすぐに3人が帰宅、タイミングよかった。子育てって大変だっと改めて思った。自分の母は1人で3人を育てたけど、今になって母は凄かったんだなっと尊敬。自分には出来ない事だからそう思う。

特に子供の体調不良は自分もパニックになる、パニック障害かなっとも思ったことがある。かなりヒステリックな子供時代だったし発達障害かなんらかの、そういうのがあるのかもしれない。思い起こすと母も酷かったけど自分もかなり酷い娘だった。母とは相性が合わなくて一方的な母の態度や、所有物みたいな扱いも、一人の人間として扱われなかった事や、何よりも話を聞いてくれたことがまずほとんどなかった。コーチングで聴く、認めるってあるけど、聴くの地点で止まってた。

望まない妊娠や、いつもうっとうしそうにされていた事やかといって入学前までは過保護だったり。過保護から虐待に変化したけどどっちも本当の愛ではなかったんだな~って思う。だって望まない妊娠だから授かった時から愛せないのは自然なことだけど、自分の利益や都合で産んだこと、それをずっと子供の時から恨んでいた。

結局20歳で、はい今日で義務終わりさよなら~、ってなって家を出るしかなかった。結婚か路上生活のどちらかしか選ぶしかないと若い時はおもっていた。なぜならアパート借りるのにも保証人が、仕事するにも住所が必要だったから。そういった事も母は一切プッツンするつもりだったんだろうな。きっと産んで理想の子じゃなかったから二十歳まで義務で育てて責任があるから、でプッツンする計画だったんだろうな。

実際にそういう状況になってみると分かるけど、頼る人もいない、保証人がいないと野宿になってしまう現実。そういった現実を突きつけられた。付き合っていた彼とは結婚を考えていたけど結婚の前にやりたい事があったし、すぐに結婚することを望んでいたわけじゃなくて。相手に不満があるわけではないけど結婚したのは理想の時期ではなかった。


結婚後はそういう事がストレスになっていった。
子供を産むまでに色々と色んな過去の事や限界だった自分の精神状態や、そういうのを克服していったわ。職場の母親くらいの年のおばさんに優しくしてもらって、実際の母親もこうだったらな~って、他人のおばさんは母よりも優しかったし、お母さんみたいな存在だった。だから良い環境のも恵まれたから克服できたのかも。母の呪縛から。人って優しくなればこんなにも優しくなれる生き物なんだ~って。

かなり時間がかかったけど、もともと子供を希望してなかったので、子供も旦那さんの希望をかなえようと思って産んだだけだった。旦那さんへの感謝の恩返しが子供を産む事だったから。実際に生まれたての赤ちゃんを見たら可愛くってそういうのはじめての感覚だった。だから酷い母の事が理解できなかった。なぜそこまで我が子に冷たくしたり突き放したり出来るんだろう?って母が理解不能だった。子供を愛せない親もいるって事を理解しましたし、自分はそういう親の子供だったということだった。父親は家庭には一切関わろうとしなかった籍は入れてたけど、ろくに話をしたこともない。23の時に父が亡くなったけど何も感じなかった。他人って感じだったし、同じ屋根の下で暮らしたことがなかったし、父もアル中で色々あったみたいだけど・・・しゃべったこともない。

どう人生のストーリーを綺麗に説明したってそれが事実だしそれが私。若い時は隠していたけど、隠したり演じたり・・そうしてるうちに自分が壊れた。パーンって学生の時に。高校のクラスは学級崩壊で、家に帰ると兄からの毎日の暴力。居場所がなかった。子供にとって一番辛い事でしょ居場所がないって。今思うと兄もおかしかったのかもしれません、暴言や暴力は発達障害の場合もあるようで・・・。兄弟3人は全校生徒から浮いていましたし・・・。私も兄もちょくちょくいじめられたりもあった。弟はなかったけど・・・。


けっこう色々あったから、他人からの冷たい視線や差別や軽蔑にもなれっこになった、批判とかも麻痺してくのかな長い間子供の事から浮いてる子だったから。友達がいたことが救いだったけど。とにかく子育てをしているとどこへ行っても冷たい視線はあるし、例えば子供を叱ったら虐待してるって目で見られるし、かと言って優しく静かに叱れば躾のなってない親だと批判されるし。要はストレスのたまった大人たちがただ子供や親という存在にやつあたりしてるだけ、それが真実で。だって幸せな人は意地悪をしない。っていうでしょ。意地悪するのも嫌味を言うのもそういうのって自分が幸せじゃないからで。

だからそういう為にもまずは自分は幸せになろうと思った。
色々立派で友人も多くて優秀で。でも意地悪するんですね。幸せじゃないから。自分のストレスは自分でうまく発散するしかないんでしょうね。でないと結局は誰かしらを傷つけ続けていまうことになる。でもそういう自分を嫌いにならないそういう人達にぞくっとしてしまいます。虐められるのも辛い事だろうけど、いじめっ子も本当は辛いのかもしれないSOSを出しているのかもしれない・・・。


子供時代が過酷だったから、普通の結婚生活だったけど、とても幸せに感じる事が出来た。まず朝起きてからびくびくしなくていい。自分に暴力をふるう人はいないのだから。でも30で子供を産むまでは男性不信が続いたけど・・・。
不幸にならないと本当の幸せも味わえないものだと知った頃だったわ。ボロボロのアパートでも家があるってありがたかった。暖房や冷房にも感謝。いっさい冷暖房がない家で暮らして来たもんだから。

とにかく私は複雑な環境で育ったし、父も母もいっつも私には興味なかった。小2くらいからそう思いはじめて、それからは寂しい思いをすることが多かった。子供を産んで思うのは親からの愛情や支援やそういっったことを当たり前にもらっているママが多い事。2人目とか3人目が産まれると幼稚園のお迎えも祖父母が来ていたり、親に手伝ってもらったり預けたり、または子育ての支援がなくても親とのいい関係性があったり、みんな恵まれてる人ばかりで、でもそういう人達が贅沢な文句を言ってるのを聞くと、私はいつでもカチンときたし、耐えたれないもんがあったわ。虫唾が走る・・というか。イラっと来った。自分は全く親からも親族からもそういうのはなくて、その上我が子も自分の母からも愛してはもらえない。そう思うと子供が可愛そうに思えてきて、だからクリスマスにはプレゼントを2つ用意してる。


他所の家みたいに、両方の祖父母から自分達からのプレゼントで2つも3つも貰える子達と同じように我が子も味わえるように。でも何かが違うんです。娘が二十歳をこえても、子供を産んでも親と娘(子供)の親子関係が続いている意味が、ホント私には理解できないんです。だって自分は親子は二十歳までが期限だって学びましたし・・・。

でもこう考えるようにしてる。親を亡くしてしまう子供だって大勢いるわけだし、私よりもつらい状況の人も大勢いる。特に2011年に震災があった時にそう思った。沢山の孤児がでましたし、大変で子供の時から苦労してしまう状況、施設でも虐められる現状や。世の中には信じられないくらいに良い環境が整った生活をしてる人もいればその逆もあるし。海外を見ていたり、昔の戦争時代の事を思えばキリがないけど、身近な親子がたまたまセレブだったのか?いつも人と話しなんて合うわけがないし、価値観も合わないし。そうやってひねくれた思いになっていた日々も子供が生まれてから子育てする環境においてそう感じて来た。

みんなが同じような環境で育ってきたなら価値観もあったり話もあったりするのかもしれないな。私の場合はいつも合わせるのみ。子供が幸せな環境でいられるためにはそうやって演じて割り切るのみ。芸能人の千秋が言っていた言葉も分かる。ネットで批判されたりしてましたが、あの子は現実をそのまま言葉に変換しただけですそう思うわ。子供の為に我慢して割り切って付き合うだけ、子供が成長したらプッツン。言葉の表現がストレートすぎただけで、どんな言葉で表現しても、それが事実。

昔からの友達とママ友とは全然友達の意味が違いますから。
またたまたま仲良くしてママ友がグイグイ誘ってきたり深い関係になってきてそれを負担に思ったことがあった経験で。子供のあることが同じだから共有して情報交換したいから仲良くしてただけだったけど、向こうはそれ以上を求めてきたので困った。趣味や価値観、子育て方法の相性が合えばママ友から真の友達に変えても良かったけど、意外に合わなかったから、深くは付き合えないな~って。距離を少しとろうとしたら、向こうがそれをネガティブに受け取ってしまって言い合いに。で結果ママ友すら続けられない状況になってしまった。定期的にあったお茶やランチしてお話してそれだけの関係でよかった、近い年齢の子供がいたけど子供同士も合わなかった。

よくあるけど、親が仲いいから親子で会ってレジャーを楽しもうしたら子供同士は相性が合わないからつまらなかったり喧嘩したりトラブルをおこしたり。ママ友付き合いの主体は子供が楽しむためだから、それは違う気がした。いつも怒られるのは我が子ばかりだったのも不満だった。自分の子には怒らないけどうちの子供ばかり叱ってばかりで、対等じゃないと感じた。公共の場でも躾も方法が違うから、そういう事でも溝が出来たし、深く付き合えば色んな部分が合わないと感じる様になったし、気持ちも離れていったし。ひとつでも共通を探してなんとか仲良く出来る部分をだがしたりもしたけど、結局は子供の為に作る友達がママ友なわけで、子供が楽しくないなら無理だなって。もしお互いの子供がいなかったらきっともう少しは長く関係が続いたのかもしれないと思う。特に大きかったのは子育ての方針が自分と違うから、だと思う。嫌な事が特にあったわけではない、小さな不満はあったけどどうでもいいことだた。相手が深い関係になろうって求めなかったらたぶん今でもママ友だった。


だから終わった理由としては細かい部分では色々あるけれど、理由としてはママ友から友達になれる条件がそろっていなかった。ママ友は子供のいるママとなら誰とでもなれる。でも一生付き合っていくような友達は誰でもいいというわけにはいかない。それだけの事。私はママ友という距離を保つようなんとか距離を守ればよかったのかも。ただ相手がそれ以上を求めるなら無理だっただろうけど。お互いに無理しても結局は時間の問題だった。どちらかが良いとか悪いとかそういう問題ではなかった。合わないのだから仕方ないでしょう。

ママ友って職場の人間関係よりも親族関係よりも何よりも難しく、私はとにかく頭をすごく使いました。色々目に見えないルールやタブーがあるようで、そういうのが私にはもともと苦手で、ハッキリ言わないで遠回しに言う言葉とかも理解不能で。会話してても何言ってるの?って理解できない時もあったり。幸せな話したらやきもち焼かれ、アンラッキーな話をしたら不幸を楽しまれて、結局は大我の愛は存在してないんですその関係の中には、お互いに。要は子供の為に、情報交換ってことです。みんなもしかしたら割り切ってるのかもしれません。しょっちゅうモーニングなんて行けるわけないし。でも学校や幼稚園とかの情報量が少なすぎてママ付き合いしてないと知る事が出来ない情報っていっぱいあるのも事実。

もっと情報を分かりやすく流してくれたらママたちの負担も減るのにな~って。小学校ってけっこう幼稚園にくらべるといい加減で無機質で、何かあった時に責められない対策ばかりしてるし。メールで来る連絡もとても頭の賢い人が書いた分とは思えないほどにズサンなぶんだったし。結局学校の先生は学校以外の場所で働いた経験がないからそうなるのかも。社会から離れたところで、やってるんだなって。よく自営業の子供はダメとか、サラリーマンの子供はラッキーとかいう言葉があるけど、うなずける。近所の新聞屋さん家族の態度も酷すぎて・・・。


結局我慢って社会で覚えるもんなのかも。
自営業とか仕業とかってそういう人が多い、医師もそうだし。人間性の問題はね。能力とか人間力とかを置いといたら、人間性は0に近かったりします。多いのは人の気持ちが分からない。たぶんですが、成功者は人の気持ちを大事にする必要はなかったんでしょうね、競争ばかりだし、勉強や研究ばかりだし、教えられもしなかっただろうし、環境も勉強するにはいいけど、人として誰かを労わったり優しくしたり、そういう事出来ないですね、また無神経だったり、言いたい事は何でも言うって感じで。頭の悪い医者も大勢見てきました、会話力のない医師もね。だから病院大っ嫌い。競走ばかりしてストレスの溜まった人がいっぱいいる穏やかじゃない場所。よけいに病気になりそうな場所。小児科は別だけど。心が疲れてくると小児科行って優しい看護師さんに癒されてる時があるわ。子供もいつもの小児科へ行くと安心するし、いっぱいお話する。


良いか悪いかはないと思うけど、勉強とか成果とかそれはあの世には持って行けないので無意味なのかも。あの世の人にとってはこの世はただの学校や塾、合宿場みたいな場所なのでこの世で成功してもあの世では失敗になる見方だってあるわけで、でもそういう事を意識して生きていない人が大勢で。生きたように死ぬだけっていうのもなんだか怖い。ちゃんと生きなくちゃって思うわ。いつだって子供の事で悩んでいて解放されない。これは課題か?いつまで子供の悩みって続くんだろうか?

思えば幼稚園時代は良かった、小学校へいって注意が増えた。それに可愛かったし、素直で。今ではもう言葉遣いも凄い、友達の影響もあるし・・。だからいつも4歳か5歳で時が止まったらいいな~なんて思ってたわけ。ただ可愛い時期が終わったということなだけ。でベビーがもうかわいい盛りでして。若かったら親の援助があったなら3人でも4人でも欲しいわ。3人子供がいる周りの親子はだいたい親の援助付きですね。でないと3人以上は厳しい。特にこの夏休みがキツイ。子供2人に母親1人。それかスーパーかあちゃんか。どちらにも私はなれないわ。誰に何を言われようと自分のペースでやっていくしかない。出来る事が出来るし、出来ない事は出来ない。

コメント(0) | トラックバック(0) |2018年8月13日 23:34

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