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気づきなのか?


息子よごめんね・・って


先週末に地域療育センターの先生の講演会へ行って、ハッと考えた事が1点あった。
最後の質問コーナーで、専門的な所へ行った方がいいのか、と言う様な質問に「一概に良いともいえない・・」的な事を言っていたことを思いだした。

今日の療育では今までで一番乱暴が酷かった。
昨日は乱暴が全くでなかったのに、私はおかしいなって思った。

さっき気づいてしまったことは。本当にショッキング。
6月から通った療育では、はじめは椅子にもちゃんと座れて、乱暴ではなかった。
それがある時にちょっと、やはり力の出し方がコントロールできない男の子が加わって、それ以来です。息子くんが影響されて、叩いたりするようになったのは。

どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのか。
療育に行く事で自分はとっても救われました。寄り添ってくれる先生にも、理解のあるママさんのお話もとても参考になり・・・。もちろんどの子も私は大好きなのですが。

息子くんは人一倍影響されやすい性格と今日分かりました。
例えば、少し乱暴な子がいても影響されない子は影響されないものです。
でも影響されやすい息子くんは、教室には何人か、はやり力のコントロールが出来ない、もしくはまだ出来てない段階の子が、世間一般の子供よりは多いです。

療育という場所だから当たり前なのですが。
けして、批判とかではなくて、文句もないです。私はここで自分の気持ちが楽になったし、何よりも自分が楽しみで行っていた時期もあったので。

子供がどんどん乱暴になっていったのは、たまたまそういった子の行動を吸収しすぎてしまったんだと思います。それだけのことなのですが・・。

子供は昨日は調子がよかったし、今日は全く真逆でしたので、今日は私もおかしいって気づきました。言葉は悪いのですが、息子くんも含めてですが、力のコントロールがまだ出来てない子供が集まる場所というのは、たぶん、きっと、家の子はこう判断したんだと思います。3歳半の脳はきっとこう判断したのかも。

「ここではみんなが暴れてる。
先生も優しいし、みんながそうだから、ここってそういうのOkなんだね。
じゃあ僕も思いっきりここでは力を加減しなっくていんだ・・」

言葉ではここまで考えられないけど、そんな感じで息子くんは理解していたのかもしれません。

以前にこちらで書きましたが、多動症の子供と遊んでいたら、同じように多動になりました。私は一時的だって思ったし、その子との付き合いは今でもあります。今思うとあれ以来ずっと多動の症状はうつったままです。覚えたままになってる。

誰のせいにするワケでもないし、誰も責めてはないけど、もともとの目的、こだわりの強さや言葉の遅れ、この2つが改善した地点で卒業するのが息子くんには合っていたのかもって今思う。自分が気が楽になるものだから、子供のそんな表れに全く気づかなかった。自分が行きたいいっしんで。


誰が悪いという問題ではなくて、ただそういった子が集まる場所だけに影響されてしまったのではないかと思います。いつも療育の時だけなぜこんなにも乱暴になるのか不思議だった。でもちゃんと理由があったんだなって。講演会の先生の言葉でピンっとつながったんだと思います。

療育は発達が遅れている子供には絶対的な場所だと思い込んでいました。
でもこういった影響で、便乗して、たまたま、どこかの行動が大きく出ちゃう場合もあるんだなって。


今でも先生の献身的さや、ママから聞いた情報などがあって、自分がここで一時的でも救われたことは本当に感謝している。自分は合う場所でも息子くんにはどうだったか?あんまり考えてなかったのかも。自分のことで必死で。とっても反省。


今日もいっぱい教室やってる最中にもたくさん怒ったけど、子供が影響されて悪気なく、友達を押したり、物をなげたりしたのなら、これは私のせいです。子供の目線で考えてなかった、私のせい。子供は何も悪くないのに、影響する場所へ連れて行き、影響された子供にただ叱ってしまって。

物を投げたのは、先週の療育ではじめて見ました。
今まではここまで酷くはなかったので、物を投げるなんて異常っと、先週は特に酷くて、でも何も考えようとしなかった。余裕がなかったからだけど。

療育する場ではあるけど、同じような子供の集まる場でもあるので、メリット、デメリットは子供の特徴によってはあるのかもしれません。影響される子供はそういったことも視野に入れて、やるか、やらないかを考えた方がいいと思う。

今思えば、自分は浮かれていたけど、子供はそうじゃなかったのかもしれない。
そういう意味で、講演会の先生も、発達診断とか受けることが、良いとも言えない、と言ったのかもしれない。もしもう少し早く気づくことができたら、講演会の日に先生に質問できたかもって。思う。名医ある先生ですから、聞きたかった。質問も出来るチャンスはなかなか無いので。

決まったわけではないけど、私は自分の感を信じます。
幼稚園スタート後に、力をコントロールする療育を受けようと決めていました。
気づいてよかった。きっとそこに行ったら逆効果だったのかもしれません。
今日、教室を出た瞬間から子供はいい子ちゃんになりました。
療育は悪いとは全く思いません。言葉も進み、こだわりもなくなって、先生のアドバイスもどれほど助けられたか。

教室のはじめには子供は自由遊びを、親は相談をするのですが、30分ほどの自由遊びでした。子供が自由遊びによくトラブルを起こすので、先生が少し遅めに来てみて、というアドバイスで遅くいったら調子が良くなって。でも今月はちょっとその時間を早めていました。自分がいっぱい相談したいという思いで。

だから先週、今週は子供の乱暴さも大きくなったのかと・・・。
自由遊びは、みんなが自由に遊び、そこでは物の取り合いもあるし、蹴ったり、叩いたりがしょっちゅう。普通の光栄ですが、ここでは、子供には(ここって思いっきり力を加減せず出してもいい所なんだ)って思ってしまっていたのかもしれません。

だからここに来た時にだけは暴れようがすごかったのかも。
そしてスーパーとかでも発作的に出てしまったのかもしれません。
今年に入ってから、私は夜も眠れず、食事も全くダメで、本当にいきなり乱暴さがひどくなったのは何でだろう?って。

よく考えれば、子供だし、影響うける特性の子だし、不思議じゃない。
療育の内容によって、言葉が促され、こだわりのコントロールが出来たという、良かった部分もあります。秋ころから、自分も(もう悩みは解決したし、通う必要性もなくなったな、でも自分が相談できる場所はここしかないから通いたいな)って。

良くなった地点で卒業して、普通の生活での中での学びに切り替えてもよかったのかも、ステップとして。

例えば、例話として、お薬って、症状の悪い時に飲むもので、良くなれば飲まなくなるもので。良くなっても飲み続けていたら、おかしい事になりますね。
子供にガミガミ怒ってしまって、申し訳ないって思う。
子供側はむしろ(僕だってこんなに力あるよ)ってむしろ褒められたかったのかもしれません。いつもの相談の先生とは別の先生と少ししゃべる機会が先週あって、褒めてあげて!!っというアドバイスがあった。私(あ、最近褒めてなかったな)て気づいた。


で、講演会でも褒めることが良い、と知って、以降たくさん褒めていたら、子供がとても素直になり、私に言いつけも守りました。だから昨日行ったスーパーでは1,2歳児がたくさんいるキッズルームでも誰も押さずに長い時間すごせたのかも。


そう考えると、うちの子供に合う環境が見えてきた。
ハードルが高くても普通の子供が集まる幼稚園がいい。世の中の基準的な世界で、けして特別扱いのない世界。さっきまで、いまさらだけど保育園の障害枠に行った方がいいかとも思いましたが、年中からに変更しようかな?今こう考えが変わったので、選んだ幼稚園がいいっていう、振り出しにもどりました。


療育が悪いとかではなく、もし自分がそれに気づいていたら、子供との関わりの中で、何かを変えられたのかもしれませんが。影響されて乱暴になってるのかも、と頭の中にそういった思いがあったならば、きっと自分もそれを踏まえて通うので、少しでも影響されないように通う手立てを実行できていたのかもしれません。またコントロールできていない子達は、じゃあ息子くんと同じかと言えばそうではない様子。むしろ教室へきて良い方向へ。落ち着いたし・・・。たぶんうちの子だけが影響されてる用に思う。自分の性格がそうですから。とにかく影響されやすいな~って学生時代から思っていたし、やっぱり遺伝するんだな~って。どこへ行っても子供の様子を見ているとそんな感じで。一体これからどうなるのか。という不安がある。いつか何かはしでかすだろうけど・・・。自分もいつも問題児だったし、しょっちゅう相談室にいたし。テストも一桁ばかり・・・・。


小我だったんだと思う。
結局は自分の救われる場所ということに集中してしまったので、でもそれほどにここへ来ることで自分が救われてたんだな~っと今改めて思う。感謝しかないです本当は。

講演会で先生が言いました。
1日中、子供をよ~っく観察して、ノートにメモっていく、夜にそれを見てみると色々気づくことがあるというのです。よ~く観察していれば、何事にも理由があってそれに到達するのだそうです。本当にその通りでした。

療育に通って、今日あんまり子供が酷いから考えてみたら、なにげにフッと浮んだ。
もし酷くならなかったら一生考えなかったかもしれない、だから乱暴が酷くなったのは、ある意味とってもラッキーだったのかもしれません。気づかないままいくのは。


公園で子供を放置してずっとしゃべっているママ集団っていっぱいいますけど、みんな自分が息を抜ける場所を探していて、子育ての悩みなんかを解決したくて情報交換してるんです放置しすぎは良くないですが、たった10秒目を離しただけで何かをやらかしたりするもので。

分かる気がするんです。
ママも人間ですから、情報収集したいんです。
育児本には、泣くたびに抱っこして、と書いてあるけど、この通りにして私は煮詰まりました。ママというお立場のかたは、(祖父母や父親もふくみ、保護者となる立場の人のことを指します)、そういった方はぜひ自分の感も大事にした方がいいと思う。色んな方や専門的な方も含めて意見を聞きすぎると放浪されて、でも聞かないと進まないし。どの道、放置は出来ないし、四の五の言わないで、もうとにかくやっていこう、って言い聞かせ。

幼稚園へ子供のことをどう伝えるか分からなくて、文章も構成できなかった。
でもこれで伝えるべき点をおさえた気がします。

のこり1回ですが、最後は、楽しんで取り組みたいです。
最後なので、最後の取り組みを楽しくして過ごしたいです。
私は、療育を受けて良かったと思います。
色んな方法を知ったし、卒業しても、先生にもらったアドバイスを忘れずに、時期がきたら実行してピントが合う時もきますから、結果がでなかったアドバイスも切りすてず、引き出しにしまっておいて、時期がきたら是非材料にしたいと思っています。

とても私達親子にとって意味のある場所で、考えさせられる場所でした。
大きな学びもあったし、自分も辛いことが沢山あった10ヶ月間でしたが、たくさん泣いたし、自分も責めたし、子供を産んだことさえ罪に思ったし、自分は薬をのんだ方がいいのか、精神科へいった方がいいのか・・と葛藤もあったし。なんで私のもとにこういった子供がきたんだろう??って考えて、考えて、泣いて、むなしさもあった、もしかして天罰?て思ったり。自分は怠けているだけなのか?甘えているのか?とか・・・ぐるぐる考えてノイローゼになった。悲劇の主人公になろうと無意識にしているのか・・とか。


でもこんな子供が来てくれたので、自分はこんなに変れたのかもしれません。
今でもダメダメ人間だけど、もともとダメダメだから、ダメダメ人間からダメ人間には行けたかな?もしくはダメダメ人間Aダッシュくらいはどうかしら。
子供のことでこんなにも人生がかき乱されるものだとは思ってもいなかった・・・。

もともと、いろんな状態をうまくすり抜けて生きてきたので。
感だけで生きてこれたし。だからこいうことになるのかもしれないけど。
羽ばたいてみよう。そうしよう。っと自分にまたも言い聞かせるのです。

足型、手形。
どの親子も手形の形が親子そっくりだった。
手の形って親子でものすごく似るんだね。考えたことなかった。


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養老軒(岐阜県)のふるーつ大福。
超~美味しいわ~。生クリームがあれば私は大丈夫かも。

furu-tu大福 (2).JPG

コメント(0) | トラックバック(0) |2015年2月27日 19:05

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