ジャムおばさんの部屋 TOP >  息子 >  朝のやることリスト

朝のやることリスト


もう6歳ともなると顔の形もまるくてぷっくりからごっつく変わってくる。
あれ?いつからほっぺのお肉がなくなったんだろ?みたいな。
あのたれそうなほっぺがいつの間にやらシャープになって、ぷくぷくの手も大きくなってしまった。


一緒にお風呂に入っていると急に寂しくなったりするものだわ。成長を感じるってことはそれだけ時も流れたわけで。2,3歳の時まではアップアップの子育てで、早く大きくなってほしいと思ったけど、5歳くらいになってやっとようやく会話が通じるようになって、楽しい時期になったな~なんて思っていたらこの楽しい親子のラブラブな感じも、もう消えていくのかな~っと思うとね。


幼稚園からは本当に早く時が過ぎていく、あ~なんて早いのかしらね。
5歳になってやっとトラブルが減って私もメンタル的に落ち着いてやっと穏やかな親子関係がやってきたみたいな。4歳5歳は本当に子供と2人で色んな所へ行った。動物園や公園、スパーっと2人で過ごした時間がせつない。もし2,3歳差でベビーが生まれていたらきっと忙しくてただ育児をこなすだけの日々だった事でしょう。それに2人でのお出かけもできなかっただろうな。6歳離れたからこそ、上の子とは沢山の時間を2人で過ごすことが出来たんだろう。


雨に日に家にこもって工作したり、泣きながらスパルタで文字を教えたり、英語のイベントへ行った帰りにスカイレストランでランチしたり、大変な時期も楽しかった時期もなんだか大げさなくらいに私の記憶にはあるんだな。ベビーが生まれてから、手のかからないベビーだったとしても上の子は今までみたいに一緒にいられるわけじゃないから、我慢を覚えたり、自分の事は自分でやるなど、私がベビーのお世話に明け暮れている間に、いっきに成長が進んでしまった。いいことなんだけどね。

夫婦に何かあったらこの子は施設へ行くしかないだろうな。そう思うとより厳しくしてきた。とにかく自分の事は自分でやれるように、っと。もし親や兄弟、親戚・・っと関われる家族がいたならここまで厳しくもしなかっただろうな。施設だって良い子から養子が決まるだろうし、と思ってもし施設へ行ってもそこで例えば虐めにあうこともあるかもしれない。だからお友達関係や人との距離感とか理解出来てなかった部分はとってもスパルタだったけど、教えてきた。もしこの子が1人になった時、何も出来ない子だと、その時こそ地獄だろう、そう思ったから。自分が第一にそのような環境だったからよりそう思う。私には親も兄弟もいないようなのと同じだから。


地球の裏側、貧しい国の子供は、学校にも行けず食べるために働いて、朝だって早く起きて仕事するんです。日本の子供みたいに親ががみがみ言う事だって言われずに皆やってるわけです。勉強だって強制しなくても子供たちはみんなやりたいんです。そういう国の子供たちは皆「もっと勉強がしたい」っと言うんですよ。あらゆるものが用意されて便利な日本の子供とは全く違うなって思ったんです。

6歳でも出来ないことはないんです。
実際どこかの国の子供はやってるわけですから。ホームレスの子供なんてもっと凄い環境ですし。私は世界的視野で見ても教育は大事、教育こそがすべてのスタートだと思ってる。教育にはお金がかかるのが現実。躾にも手間暇がかかる事でしょう。私は時に放置系な親に見られたり、時に厳しすぎる親にみられたり色々ですが、だから子育ても自分のやりかたが世の中のどのラインにいるのかもよく分からないけど、やりすぎてるのか、さぼりすぎてるのか。

以前コーチングの講師が、自分自身がちゃんと私はやっている、そう自分が認識していていればそれで良いことなんだと。言われたっけ。何度もあの事を思い起こすと思い起こすたびに、それが確立されてく感じです。確かに一体他人に自分の何がわかるのか。何も知らない赤の他人の言う事は浅い。薄い。そして他人ごと、適当なのだ。そして勝手に分析もしないでほしい。分析なんてしきれないでしょ。よほど近くにいる友人や家族でない限りね。時に自分の価値観を他人の物差しと図って違っていたら批判する人なんてのもいますし。


とにかくマニュアルのない子育てっというものは個性としかいいようがない。子供も個性、子育て方法もみんな色々工夫して器用にやってる。だから個性でしょ。個人個人の性質でしょ。子育てにはマニュアルがない。これをこの言葉を知っているのと、知っていないのとは随分と大変さも違ってくるわ。だってあ~結局マニュアルなんてないんだな~って気が付いた時、私は楽になった。人から言われる批判も、誉め言葉もすべては100%の理解があったうえではないのですから。子育て本を見て正しい子育てを真面目にしようとしたりすれば、それこそ逆に本に振り回されたりしてしまう。本は正しくないのだ、本当に正しい子育てはその親のみが見出したものなんだから。それも種類も色々で良いとか悪いとかはないのだ。だって虐待か虐待じゃないのかままならないのが子育てですから。

自分のしてることは虐待に入るのか、そう一度でも悩んだことのある人はまずOKな子育てしてると思うわ。だってそうやって悩むことそのものが良い子育てなんですから。良い子育てってママがいっぱい悩むことだと思うわ。悩んで、反省して正して、泣いて、苦しんで・・それが結果親子関係の土台になっていくと思うんだ。

だから時々「子供には手を挙げたことがない」とか怒鳴ったこともないとかね。そんなの私は子育てじゃないって思います。ただ子供の顔色うかがったり、過保護したり。もしくはそういう自分にならなくてもいいような、たまたま苦労しなくて済むよな子育てで済んでいるだけかだと思うわ。実際に子供には一度も怒ったことない3人の男児をもつ親を観察すると、確かにこんなお利口さんならね~っと思ってしまった事があった。1度言えばもう二度としないし。ママは子育てに自信ありみたいな感じですが人一倍大変な発達遅れの子供だったらそうでしょうね。そういうわけにもいかないのではないでしょうか。だから自分が立派にやっているからだなどとうぬぼれた事は思わない方がいいと思うのよね。自分のスキルアップにそういううぬぼれはいらないの。それにその兄弟はいつだって親がべったりでなんだか過保護な感じさえします。

コーチングの講座で一度、過保護についての講座があった。
私は普段はスパルタだから過保護なんて自分には関係ないな~っと思いながら講座で話を聞いていると、、あるわ、あるわ、いっぱいあったわ。あの時の子供とのやり取りは、過保護だったのかもしれない。っと気が付く部分がただあたのです。講座を受けることで、自分を客観的に見ることが出来た、過保護は誰にだってあるのだ。でもだいたいの人が自分が知らず知らずのうちに子供を過保護していることに気が付かないんだろうなって。

日本人は、貧しい国のように子供はホームレスになったりはしないですから。だからのんきに構えてられるのかもしれない。目に見えないから怖い。過保護について考えると怖い。その先にあるものがね。

明日から、自分の子供が1人ぼっちで生きることになるかもしれない、なんて思いながら生きてる日本人は少ないことでしょう。でも戦時中はみんながそうだったんだと思うんだけどね。たしかにこの裕福な国でそん事を子供に教えても逆に気の毒とか可哀そうとか思うかもしれないけど、今の日本だって私はとっても穏やかな気持ちではいられない。これからどうなるのかも実際は分からないからこそ、備えあれみたいな感じで備えのひとつとして、せめて自分のことくらいはまず自分でやることを習慣づけたい。

でも体は私が洗ってる。皮膚が弱くてこすりすぎて水いぼとかが出来ちゃうから。泡だけで素早く洗い流す必要があるから。それもすこしづつ教えてはいるけど石鹸がさわれないからな~。音や匂いにとても敏感で発達障害の可能性のある子や軽度もグレーソーンもそうだけど、みんなそういう特徴があるのよね~。少しづつクリアしていこう。


最終的に子供が入る世界は社会。もちろんどんどん社会の在り方も変わっていく事でしょうが、今よりは甘い社会になるなんてことはないはずですから。私は育った環境が極端だったので、自分の子供にはバランスのとれたやりかたをしてあげたいと思うけど・・・。厳しくしてきた理由も発達遅れの特徴があるからしかたのないことだけど。普通の子は甘やかしてもそんなにそれが影響はしなけど発達遅れのような枠の子はそうはいかない。そこは別なので。だから夜子供が寝た後になぜここまで厳しくしないといけないのかってよく泣いたもんだわ。でも厳しくしといて良かったと後々で思うシーンがいっぱいあったのだ。


もし甘やかしていたら、きっとこの子は不当園だったし、友達関係も問題だらけだったんだろうな~と思う。厳しいことを可哀そうと思わない親はいないけど、事実この日本で生きようと思えばいたしかたないんだろうな。国によるだろうけど。日本の企業は厳しいし、自営だって客もまた厳しい評価をするし。あ~日本って感じ。色々発展させてそういう国にしたのも自分たちなんだけど・・・とてもこのスピードに私はついていけない。赤毛のアンみたいにカナダの広大な自然の中で良まれ育ったんならどれだけとかったんだろう?厳しくしなくても生きていける環境で子供を産んで大自然の中で子供たちをのびのび育ててみたかったな。いつも子供を育てながらそう思っていたわ。子供を怒鳴らなくてよかったならどれだけ良かっただろうって。発達遅れじゃなかったらきっともっと穏やかで優しいママでいられたんだろうなって。




朝のやることリスト

いつも朝は、指示しなようにしてるけど、最近はまた朝テレビを見て何もやらなくなってきたテレビはもう駄目ね。NHKが見たくてしかない。今まで一切見せずに、朝は英語のDVDだったから。ベビーが生まれてべビーの世話が大変だった時にNHKを見せてしまった。そしたらはまって毎日見たい~って。でもテレビを見せるしかなかった。2人目を出産してから忙しくて上の子はほったらかしだったから、せめて見たいテレビくらいはっと思って。チャンネルもコントロールできる余裕がなかったからNHKばかりみてこうなった。

毎日の声かけも少なくなって身支度も時間を見て自分でやるようになった。でも産後ベビーの世話で私が見てあげられなくなってまただらだらの朝に戻りつつあって。今朝は自分はブチ切れそうに。だから子供とどうしたら身支度を時間以内に出来るか一緒に話して、字に書いて忘れないようにしようと決めました。


自分で書いてもらい、冷蔵庫に貼った。
これを今朝やったのだ。おかげで幼稚園はぎりぎりに駆け込むことに。
こういうのは自分で書くことで目標が明確化すると思うので、順番も自分で決めて自分で書いた。

朝起きてこれを見て使うっというシュミレーションもやった。
後は子供の力を信じるだけ。もうこれ以上はね。ルールは口うるさくても言うべきです。こういう特徴の子はね。こうやって出来るようにしていくしかない。常識を知らない大人になったら本人が困ると思うので、あらゆる事を口やかましく言ってる。でもそれでいんだとお思ううちら親子の場合は。常識とかって親が教えるか、大人になって自分で身に着けるかしかないと思うけど、大人になったらなかなか治らないと思うので。

1511830061780.jpg

本当は色を変えてもっと見やすく出来たら良かったんだけど朝時間がなさすぎたから・・・。子供もニコニコ満足気だったわ。明日の朝から実行すると子供が自分で決めました。

子供にやっとコーチングを使えるようになった。
コーチング3年目にしてやっとです。コーチングは勉強すればすぐに染み付くっていうものではない。きちんと落とさないと、そしてまず自分でも自分自身にも使ってみることが実感できる方法。頭で理解するだけでは分かったことにはならない。全身全霊で実感して、魂まで浸透しないと分かったことにならないのかも。意識も大事。一生懸命理解したいっという気持ちを持ち続けることも大事。それで自分の脳みそも信じよう。脳は無限大でどんなおバカな私だって自分が限界と思うことも脳は限界じゃなかったりするものなんだって知ったわ。自分が覚えてなくて脳みそさんは覚えてるのよ。


コメント(0) | トラックバック(0) |2017年11月28日 09:48

息子 の関連記事

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://kakiran.info/mt/mt-tb.cgi/1921

コメントを投稿





朝のやることリスト
FX会社通貨数