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あやとりクリア



5歳


5歳というのは、なんだか色んな事に突入したって感じ。
そんな感じがする。


先週自転車が乗れるようになって、今週末はあやとりが出来るようになった。とりあえずホウキですが、これからはどんどんやろう!


5歳になって、やらなきゃならない事が増えてきた。
小学校に向けて、ひらがなや、カタカナ・・・。思えば未就学時代は気楽だった。
1年経つごとに、どんどん増えていく、友達関係やお勉強、英語・・。

とにもかくにも、注意する内容も今までみたいに優しくは通用しなかったり。かといって最近はとても勉強面で厳しくしていた。自分が勉強出来ずに苦労してきたから、きちんとやろうっと思ったのだ。だって本当に大人になってからも恥ずかしい思いしますから、自分がそうだし。ルールやマナーだって増えていく。自転車に乗ったら、自転車のルール・・・みたいに増えていくのだ。さぼっていたら、どんどん溜まるし・・・遅れてくし・・・。



色々と考えて、生きてるだけでまずOKとしなきゃね~っと。
ただ自分が知識や教養やマナーや一切教わらなかった、勉強も。
これは大人になるとやっかいなのです。極端にならなければいいのでしょうが。

周りの子よりも何倍も声かけや注意は多めになる、それで普通の子と同じ結果に到達。やめてしまうとかなり酷い状態、そして私は放任主義だと批判を受け・・。叱る量も増えるから、子供はどんどん息が詰まってしまう。それは良くないわね。諦める部分もいるのかしら・・・。


もともと出来上がってる子はいんですが、あらゆる分野でゆっくりなものだから、親としては焦る。何もしなければ、それもそれなりの結果になるだろうし。社会に入って強く生きてってほしいし。コーチング講座も入れて、本来どうなってほしいかを考えてみた。


自分としては、たくましくなってほしいのだ。
優しくなってほしいとか、賢くなってほしいとか立派にとか・・・・うんぬんより、まず打たれ強くなってほしいのだ。生きるためには強くならないといけないわけで。強いっというのは、打たれ強い、練り強い、自制心、ポジティブ。でもスピリチュアルもやってるので、生きていければそれでいいといわけでもない。スピリチュアルではただ長い生きすることが良いというわけでもない。例えば妊娠中にお腹で亡くなってもそれは学びとして意味のあることで、そう分かっていても赤ちゃんはやはりその親を選ぶんだそう。色んな方向から見て、何を一番にとるのかを優先順位みたいなものって考えておいた方がいいのでしょう。


自分の場合は、何も知らなさすぎたので、社会に出てから死ぬ気で耐えた部分もありました。なんとか生きてきたけれど、生きてる事が不思議なくらい。もともと頭が良い方じゃないので、今でも色々と苦労はしますが、ターシャ・トューダーも言ってるように、人生は楽しんで・・とかそういう言葉があるけれど。楽しむって最低限度の事が出来たうえでやっぱり成り立つものだと思うわ。自分は二十歳の事は楽しむよりもまず世間を知って、当たり前のルールやマナーを学ばなければならなかった。子供の時に親や誰かが教えてくれたてたら、どれだけ違っただろうって思ったわ。教育には恵まれてなかったの。だから完全に生きていればまずいいや!!っとは言葉通りにはね。思えないの。

ちょっとだけ無理のない範囲で、勉強や体操、英語や、マナー、ルール、などをやっていけなければならないのよ。そのさじ加減が難しすぎるのよ私には。海外で貧困で学校にいけず、字の読み書きも出来ないまま大人になってる方って多いようで、それをレテビで見た時、教育にはお金がいるって事が現実として思ったわ。

ただ土台となる部分だけは親がしっかりやらないといけないのかなって。、教育、親子の関わりでもそうだろうけどしないと、大人になってから土台を作るのって時間も根気も練り強さもいりまくるわけ。二十歳になった時、周りは、みんな合コンとかばっかりで遊んでた。そんなお誘いのメールばかり来たし、友達の話もそういった話の内容ばかりだった。私は遊ぶ暇もなかったわ。仕事に、学校、あらゆる世の中の事を知る勉強をしていたもの。あの頃の私はただ生きていくだけで必死だった。

これから思う事は、家族をテーマに。
まず親の愚痴や悪口を聞いて育った子供は、幸せじゃないわよね。身近にもいますけど大人になってからそういう原因が出てくるわけ、病気になっちゃう。だって弱いものそういう環境でそだった子供は。マイナス面ばかり見てきてるわけけだしね。世の中、ポジティブに考えるだけで色んな事が上手くいく場面っていっぱいあるんだろうな。でないと逃げてばかりの大人になっちゃうね、だって浴びるように親からの愚痴でしょ、それも身近にいる親族やら、祖父母の悪口だったりね、それも毎日何十年もね。おかしくなっちゃうわよ。身近にいるんですよ、それで大人になってそれが原因で、苦難を乗り越えられなかった人を。自分はそういう母親にだけは絶対にならないようにしなくちゃっと思います、実行するのは難しいものですが、子供よりも自分を取る人にだけはならないように。

私だって口に出さないだけで、実の母にも祖父母にも不満はありますよ、でも子供の前では言わない。言ったら子供まで、じいちゃんばあちゃん嫌いになっちゃうからね。それは良くない事だし、子供の好きを取っちゃうようで可哀想。孫に嫌われて気分良いじいちゃんばあちゃんはいないわよね。嫁は他人だし、実の娘ほど愛されないし、文化が違えばまたそこで色々言われるわけ。嫌いにもなるわよ、意地悪な事言われたらね。でも子供からしてみれば、血筋のある本物のばあちゃんじいちゃんなのです。もっとハッキリ言えば実家に帰ってくるのは自分の子供と孫だけでいいのです、それが真実でしょう。嫁は自分の実家へまた行くのでしょう、私は実家も親もいないですけどね。

子供が誰を愛するかその権利まで管理できないわよ。不満だって、思えばどうでもいい事です。全部が完璧な人はいないのだし自分もそうなんだから。家族だったら、っというかむしろ他人は冷たい、完璧じゃないと色々言ってくるし少しのミスも許さない。でも家族はそうじゃない。そうありたい。希望だけど。家族が仲良しって素敵だなって思う。いがみ合っても、文化の違いにイチイチ怒っても何も生まれないのだから。相手の悪い部分を注意しても、相手も変わらないだろうしね。むしろ、じゃあこっちも言わせてもうわ!って言い合いが始まって、それがずっと終わらないくなる。でもそんなのナンセンス。意味のない事。だって戦争でしょもう。内戦ですよある意味。やめて~。言いたい事は言ってもいいけれど、伝え方っというものがあるでしょ。でないと伝わるものも伝わらなくなっちゃう。仲良くした方が自分も楽しいし、楽ですよ。

私は、この世は地獄だと思っています。
実際、色々暗闇もあるし、大変ですよ~。
だからこそ、家族はそうじゃない場所にしたいんです。

間違いはやんわり言いたい人が、言いたい人に直接伝えればいいのです。
間違っても親戚中が集まった場で言うのなんてナンセンスだし、嫁に言いたい事を旦那に言わせるのもおかしいし。1対1なら公平でしょ。そもそも自分の血筋の味方はしても赤の他人の味方はしないでしょ。そんなものんでしょ。違う文化が入るから、色んなだしをどう使うかを考えるのが醍醐味でもあるわけ、課題でもあるわけ。人は人とは分かり合えません、違うのは当然ですし。同じにしなくてもいんじゃないの~って思うわよ。人に合わせるのなんて誰だって苦しいでしょ。だから受け入れなくても全然OKだわよ。受け止めなくてもいいから、受け止める。

言いたい人が、言いたい人に、直接、本当に伝わる良い方で言いましょう。相手が扉を閉めちゃったら、おしまいですからね。だからコミニケーションって難しいのよ。これもスキルなんでしょうねきっと。無理やりやっても、力を使っても何も変えられないと思うわ。知恵と愛情と発想を使わないとね。伝わらなければ意味がないような。言いたい事を言うっと言うよりも伝える事を考えればいいのさ。あ~自分出来てなさすぎだわ~。自分が一番出来てないわ。頑張ろうっと!!

責任ルールばっかりで固められて育った子は大人になるとやっぱり今だにのびのび出来ない感じです。かといって私のように遊んでばかりの子供も、あまりにも大人になり切れないし。バランスって難しいんだろうな。子供も1回産んで育ててみないと分からないのが素直に思う事で。でも間違いに気が付いたら直していきたな。頑固にならず。子供の為、の為がどんな事が子供にとっての正解になる事なのかを考えたいわ。


夫婦そろってネガティブな環境でそだったもんだから、結局は何も意識しなければ、同じ事を繰り返しちゃってる。絶たないとな、良くないものは絶つ。それを変えないと、子供や孫の代も変わっていかない気がするから。実行が大変なんだけど分かっていても・・・。どんなに問題があっても身内同士くらいは受け入れられなくてもいいから、受け止めることくらいはしたな。私も人が好きじゃないけど、子供の為に私だって、そこは頑張ってる。嫌だから付きあわないわ!、って自分を取るような事はしないようにしてる。本当はそうして楽にしたいけど。色んなママとお喋りすると、子供も友達いっぱい出来るし、情報も、何より楽しい事がいっぱいの毎日になる。子供が来る前は真逆だったわね。自分が人と関わらない事で困る人はいなかったし。でも子供の為にって必死でやってる。コミニティなので、あくまで。親が孤立して子供まで孤立しちゃったら本当に子供が可愛そうだし、なら産まない方がいいかもそういう人は。ちゃんと育てるって大変だわ。手をかけすぎてもいけないし。特に親や兄弟とか、手助けしてくれる人が多いほど、ラッキーなんだけどうちは違うから、よけに人より頑張らないとってつい自分を追い立てちゃう。子供を不憫に思うからね、だって、周りはお年玉も、プレゼントなども両方の祖父母からもらってる子もいますから。


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あやとりをやり始めて、はじめはイライラして出来なくて。
今まで色んな事が出来なさすぎたので、あやとり1つでも出来たら感動の嵐だった。
スピリチュアルでは「焦る、っというのは十分人と比べている事なんだ」というけれど、そうなのかもしれないな。焦る必要はないのかも。

もしこの世に自分1人だけしか生きてなかったら、誰とも比べないだろうし、焦りもしないだろうな。比べようもない環境におかれたのなら比べようもないのですから。

コメント(0) | トラックバック(0) |2016年10月31日 10:22

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