ジャムおばさんの部屋 TOP >  息子 >  寒いけど公園

寒いけど公園


ぶるぶる震えて、手もカチコチ


朝、自転車に乗ろうとした子供に、幼稚園から帰ったら乗ろうねっと約束しちゃたから。
でも寒かった。坂道しかない町で、自転車かついで登坂。下りは1人で乗れるようで、ブレーキかけながら乗ってたっけ。


久々にちょっと距離のある高台にある公園へ。
1,2歳の時は毎日通った景色が、ものすごい走馬燈のように駆け巡った。あ~大きくなったんだなって。自分も成長したって。これからはもっと強くなりたい。知力もつけたいな。もっと賢くなりたい。夕方だしね、ひと気ないし、昔もそうだったけど、だからこの公園を選んでいた。なるべく人が少ない公園へ行っては、子供と2人の世界に。色々理由があってね。久々に来て、だって本当に毎日公園へ2回連れていってた。だからせつない。2つの公園を毎日ベビーカーで行ってた。辛い、辛い・・って思ってたけど、今は辛い思いは流れて楽しかった部分だけが不思議と残っている。うん、ずいぶん強くなったな。父はとっても弱くて、母はとっても強い人だった。母のように強く明るく生きていきたいな。ずいぶん苦労してたけど、毎日笑いながら生きてた母はえらいと思う。母の血が薄いのかな。母のようにたくましい母になりたい。


全く同じ場所で撮った写真は、0歳、1歳、2歳、3歳っと。
年ごとに見ても、あ~懐かしいな。毎日、なんだか孤立して子育てしてたから、この世界に子供と2人ぼっちみたいな。それがすごく寂しくてせつなかた。


1454419638266297202.jpg

で、空の写真ばっかり撮ってた。
いつか子供が巣立つ時には、きっぱり、さっぱりと振り返らず行ってほしい。
その先にあるもの、出会う人を大事にしてほしい、特に家族になる人は一番大事にしてほしい。むしろ母(自分)なんて忘れてしまってもかまわない。それから自分の人生を生きて。1人で気高く天国へ行きたいから。理想もある。空想も楽しむ。けど理想、空想のままでいい。子供にとって一番いい母親のポジションでいたいだけ。寂しいかどうかは自分の問題。鳥だって、動物だって、昆虫だってだいたいがそうしてる。群れで生きてる渡り鳥を見ると安心する。1羽だけだったら心配になる。バランスを崩しちゃいけないのだ。自分をとらないように、強く強くいたいのだ。気持ちの状態ではね。冷たいものにはなれてるね。もともとそういう少女だったっけ。自分らしい。それが普通で逆に落ち着くかも。

いつまでも子供の脚をひっぱる母でいたくないのだ。二十歳の時に母親に「はい、今日で私の義務は終わり。さっさと出てきなさい、ご自由に」っと言って無理やり追い出された。突然母が他人になったのだ。思想をつかされていたのか、嫌われていたのか、分からないけど、今はそれが正しいっと思える。形ばかり自立したように見えても、中身の家で子供に依存してる母ってけっこういると思う。よく見るし。といっても今に至っても数回しか合わないのだけど、性格が違いすぎるからね。母もその方が気楽なんだろう。他人のものになったら、一切口を出してはいけないのだ自律した母親なら。嫌味ひとつとってもそう。もう自分の子供じゃないくらいに思わないと。逆に子供が苦しむことになる。色々と文化が捨て切れなくて、心が縛られて、離れたにもかかわらず親から解放されない苦しみ。それが良いことだとは思えないのだ私は。

心は泣いても、寂しくても母親ならグッとこらえて子供を羽ばたかせるべきだって思ってる。形じゃなくて中身の方も。どんな生き方をしても尊重してほしいって子供側は思ってる。いつまでも親の子供ではないのだ。子供は一生子供なんて、言葉は気が重いだけだ。家を出てまであれこれ指図されるのもうんざりなのだ子供は。子供にだって新しく気づきあげた世界があるのよ。だからいつも思う、子育ては毎日がカウントダウン。貴重な限られた時間なのだ。今、子育てが楽しくなってきた。そればっかりじゃないけど。子供が結婚できないとか、孫の心配とか。よけいな事ですねって。もし自分がおばあちゃんになれたら、立場をわきまえる、例えばやれることは限られている。余計な口出しもいらない。そしてアドバイスを入れる時には場の空気が大事なのだ。母親としてのお役目はもうないのだ、子供が巣立ったら。おばあちゃんとしてのお役目になるのだ。孫がいなかったとしても、いつまでも母親のつもりでいると子供が苦しむ。紐で縛った状態でバタバタ飛んでる鳥さんみたいだなって思うわ。でもなかなか出来ない事だけどね。でも自分の場合は自分の将来の子供の家庭や大事にしてる人達まで気づつけるような人にはなりたくないな。子供が巣立ったら放っておく。よほどの事がない限りは。私はよほどの事があっても放っておかれたけど。でも自分で考えて行動するから色々身に付いて強くなれたのもある。

1454419501266295202.jpg

子供がいなかったら、色々強いられることもなかったので、きっともっと私は用幼稚のままだったかもしれない。しっかりした友人や親や親族がいるわけでもない。きっともっと弱いままだったかもしれない。今週からコーチング講座の第2弾がはじまるのだ。しっかり聞いて勉強しよう。


コメント(0) | トラックバック(0) |2016年2月 2日 22:35

息子 の関連記事

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://kakiran.info/mt/mt-tb.cgi/1503

コメントを投稿





寒いけど公園
FX会社通貨数