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こどもちゃれんじ すてっぷ 7月




こどもちゃれんじ すてっぷ 7月

8月号の「なきごえナビ」が欲しくて待ってる様。
今月は宝さがしゲームでした。これが楽しい。

右からOO番目のカードをとる。など左右の認識や文字を自分で読んだりと色々進化していきますね。最近右と左が分かるようになってきた。特に宝さがしゲームで覚えた感じ。

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宝さがしゲームは、シールをかけて頑張ります。シールの為なら燃えるのである。

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去年の方がワークが忙しかった。
今月はイルカのお話、七夕のお話がありました。

しまじろう7がつゴウ (3).jpg

今日は、朝から幼稚園で図書の棚卸をして、夏まつりの作業をして、ランチへ~。
美味しかったな~。でまた幼稚園へ戻り、作業の続き。
なんとか完成。お手伝いに来るお父さん達のTシャツが完成。

長い道のりだったな。
会議からはじまって、アイディア出して、ゲームの制作、景品作り・・・。もう色々・・・。7月はほぼ毎日だったり。準備の他に幼稚園のイベントもあり、7月は大変だった。今日は子供も給食が最後だった。明日から短縮で、懇談会で、終業式に入る。その後で夏祭り。みんな物凄く食べたって感じ。デザートも。楽しかった。


役員を楽しめてやれたのは、不得意分野を誰かがやってくれて、得意分野だけやっていられたから。パソコン使う仕事もも旦那さんに頼ってなんとか。好きな事だけしてそこで発揮してれば良いわけだからものすごく楽しい。色々なタイプの人が集まったからまとまれたのだと思う。制作、アイディア、事務的な仕事、監督、それぞれの得意分野がそろったからサクサク進んだっというのもある。


それで今までの人間関係などお思い起こすと、上手く行かない関係はやはり、似た者同士がゆえにお互いに向上できなかったり、またマイナスな部分も倍増するだけで、埋め合えなかったり。相性ってそういうことなんだな~って。自分にない分野を持ってる人だとお互いに向上できるのかも。同じ悩みをもつ人とかもはじめは共感出来て楽しいけど、いつしかお互いにWで悩み倍増していってダメになる。そうなるとお互いに離れた方が、互いの為にもなる場合もある。そんな経験がちらほらあったな。たまたまそういういい人達の縁に恵まれたらそれはラッキーなことで、感謝しちゃう運命に。人間関係って本当にただ合うか、合わないかってものなんだな~って。たまたま気が合う人が多めだとラッキーって感じなだけで。役員は一瞬で終わるけど経験したことや感じた事はずっと蓄積していくんだと思うわ。今年は幼稚園ライフの視点がまるで変わった。

自分に何が足りないのかもよく分かる。
もともと分かってることだけど、改めて克服しようって思ったわ。
そしてなんだか子供の事をすごく好きになった。
そんでもって少し自己肯定感がアップした。

コーチング講座をして思っていた。
自己肯定感っていうのは、幼少期に家族からの愛情が少なかった人は取り戻すことも、新たに埋めることも出来ない、過去にはもどれないのだから。人にビクビクしてずっときたけど、ずっとそう思っていたけれど、他にも別の形で埋まったりするものなんだな~っと。役員をしてここの幼稚園にしてホントに良かったと思えた。自分が思っていたり悩んでいたことは他の誰かも同じように感じていたり思っていたり、みんな同じような感じだな~と。自分だけが・・とか自分ばっかり・・・とかよく思っていたな過去では。役員うんぬんより、もっとたくさん人と関わった方が色んな意味で楽しんだな~っと。前よりも子供を愛せるように、前よりも凹まなくなったり少しは向上できたかな~。で、やっぱり自分には事務系は向かないなってことも分かったわ。

もしこの世を去る時には、自分を心から愛してくれた人達しか思いだせないと思うきっと。特に自分の家族は。本物の愛情の世界には、うらやましいとか、そういう心はなくて、競争とかでもなくて、ただ穏やかな心があるだけ。楽しい事をいっぱいして沢山笑ったらそれが幸せって事だよね単純に。あ~だって心の底から笑えた事ってずいぶんなかったのもね~。不安がって心配ばっかりして。人見知りだしね~。夏休み中はいっぱい笑おうっと。

もし例えばマイケルジャクソンが才能ある音楽家じゃなくてただの普通の凡人だったりして才能で人を感動させたり救ったりしなかったとしても、亡くなった後みんながお墓に行ったりするだろうか?とか考えてみた。才能があったらもっと母親に認めてもらえたのかな~?ってずっと思ってたから。母に「何をやってもダメで、そういうダメな遺伝子があるとか、一生幸せになれないとか・・・何をやってもすべてが失敗に終わるとか」何の意味もない酷い事を言われ続けて大人になって、(もちろん私を思っての事だろうが子供の頃は本気で凹んだ)、極度に自信がなかったり、心配性になったり何かに怯えるように情緒不安定な大人だったけど、最終的には病院にまで通った。魂の学びとしては才能とか、そういう事ではないんだん~って思ったわ。母にダメダメって言われて嫌われてずっと生きてきたけど、好いてくれる人も実際にいるから母の言葉は本当に何の意味もない言葉だった、と思えるようになった。


これで母親の呪縛からまたひとつ解放された。こうやって沢山の呪縛から日々解放されてる。そのくらい母親との関係がやばかったのだ。だから解き放っていくしかないのだ。親は母親だけだったし、母がすべてだった。いつも母の求める理想だけが目標だったし、母に認めてもらえることだけがゴールだった。母は私の成績が悪かったり、活躍出来ないとどんどん私への態度が変わっていった。小さい頃は無条件で溺愛されたのに、それが逆転していった。投資してたんだろうなきっと。色々な事が出来なさすぎたのも事実だけど、勉強もお稽古も、人づ気合いですら、すべてがダメダメで、ダメな子供で母も辛かったんだろうな。
ってなだけにすべてが母に洗脳されてたし、今時の言葉でいうと毒母?というのかしら、とにかく親は親、自分は自分。そう割り切らないと。全く自慢の娘じゃなかったけど、愛されてた保育園時代の頃の母はとっても優しかった。どこかで人が変わってしまったけど、あの頃の優しかった母を忘れる事が出来ない。


子供が発達障害と言われた時や、色々人より遅れをとった事や色んな事が出来なさすぎてそんなつまらない事で、私も母と同じようになってた時期が長くあった。子供にバカと言ってしまったこともある。でも優しい言葉をかけてあげると本当に幸せそうな子供の顔が、それがとっても特別な顔で。どれだけの事が出来るようになるとか、まぁそういうことは重要でもないかな~と今少し思う。一応努力はするけど。偏食、着替え、トイトレ、人間関係、思いやり、知育、運動・・・すべてが出来なさすぎた子供を見て、本気で子供が心配だった、何よりも子供が大人になってそれに気づいて落ち込む姿を想像するのが辛かった。ついつい厳しい事を言いすぎてしまったのかもしれない。世間や親族からの心ない言葉にも流されて、不安や心配事が全部子供に当たる、ということでしか表現出来てなかった、自分もパニックになっていたし。いっぱい泣いて辛そうな子供を見てきて、それでも翌日には面白い事を探してケラケラ笑ってる4歳君を見て、強いな~って思った。でもいつまでも強いままなわけないだろうから、親子関係を大事にしなくっちゃな~。って毎日注意ばかりで・・・。躾も大事なんだけど・・・。自分の気持ちや人の気持ちが分かる人になってもらいたいな。本物の優しさはスキルだと思うな。人間力も人の事を思いやる心なんだろうな。人の痛みが分かるっというか。


私の親子関係の様な二の舞を踏まないように、子供と関わっていきたいな~。
育つ環境によっては、ホントに伝染していくので、変えていかないとな。
毎日、反省ばかっりだなホント。でも今夜の自分は子供に対して超~優しかった。叱りもあったけど。注意や叱りは多いけど、褒めたり優しくすることを増やさないとな~。スキンシップも重要。気づいたら親にされた事を子供にもしてたり・・・だからずっと意識を忘れないようにしないとな~。それと自分の子供時代と、子供の子供時代を重ねてはいけないのよねきっと。切り離して考えないとな。問題の整理整頓かなまずは。


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コメント(0) | トラックバック(0) |2016年7月12日 08:26

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