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パーゴラ



パーゴラでクリスマスビュッフェ

名古屋のアソシアホテルにあるカフェパーゴラは10年くらい前から行ってる。

親、色んな友達、家族、会社のランチ会・・・っと色んな人と行った。久々すぎた、リニューアルしていて景色が見える席が減っていて、内装も変わってた。今は昔と違って予約で満員になるし、値段も昔よりは高くなった。昔の方が気楽に利用できてよかった。ふらっと立ち寄れたし・・・。いきなり行っても入れない。予約も1カ月前くらいにうまる。今月はクリスマスメニューだからよけいにね。来年からは北の味、つまりカニが出てくる。来年も見逃せない。ただ早めに予約しないと入れないかも。


クリスマスメニューらしい料理で味もホテルならでは、もちろん美味。
誰と行くかによっても味という物は変わる。今日は家族で行ったから、子供は大変だったけど、美味しかったな~。子供もここのならと食べまくり。夜はラーメンで節約した。当然なのだ。お昼に豪華なランチをしたのは久々。昔は時間制限もなかった。10時に入れば3時までゆっくりできた。だから穴場だった、空いてたし、だからここをよく場所として選んでた。今は入るのにも受付順に呼ばれて、中に入るだけでも10分はかかるし、入っても料理をとりに行って席に着くだけで30分は過ぎていた。

子供の席においてあった紙製のランチョウマットは裏がぬりえになっている配慮。家族を受け入れてる感じが嬉しい。机には色鉛筆がおいてある。もともと名古屋駅付近で生まれ育ったので、ホテルランチへはよく行った。懇談会の帰りとかに行った。今は大きなビルばかりで、すっかり変わった風景があったけど、ここは地元。何千回と見た風景なのだ。



パーゴラではサンタさんが来たのだ。ハグリッドみたいな感じの人だった。飴をくばって、写真を撮った。子供はずっとサンタを見てはまだ?っと待ち続けていたっけ。帰宅してからまだ体力があったので、子供の要望に応えて大きな公園へ行った。ちょっと寒かったけど、楽しめたようだ。知らない友達グループに入れてもらえず叩かれて泣いてた。弱いな~っと思ったわ。でも負けずと輪にはいってく。でも今日の集団は幼稚園などのグループでママ達はおしゃべりに夢中で放置。自分の子供が他所の子供に乱暴しても知らんぷり。付いてたパパも口で軽く注意、しかも名前を呼ぶだけ。あ~これも世の中だっけ。文句があろうが非常式だろうが、こいうった現実の世界をまず知って受け入れてほしい子供には。子供がもし無視されたり乱暴されても、子供本人が乗り超えるしかないんだから・・っと思いながらもあ~心の中ではちょっぴり可哀想、ちょっぴり応援。

やっぱりまだ空気が読めない子。
あのお友達はみんなね、たぶん同じ幼稚園のグループだから、他所の幼稚園のあなたが入ることを嫌がってるんだよ・・っと子供に教えると少し分かったようだ。小学生でも、幼児でもいきなり殴ってくる男児はけっこう多い。常々子供には言っている、少しでも嫌なことがあると大きいお兄ちゃんは叩いたりしてくるから自分が気をつけなさいっと。それに指1本でも触られると怒る子もいるからねっと。ここで相手の子に親が止めて、っと注意しても一切子供の世界では何も進展しないと思う。その子の親がその子に注意しない限り何も変わらないのかも。でも今日も思う。息子君は誰とでも遊びたい子。不思議なくらいに誰とでも遊べる。幼稚園へ行ってから「やだよ~」も覚えてしまったけど、基本誰とでも遊びなさいっと言っている今は。どうしてだろう3歳や4歳でも意地悪な子が確かにいるのは。遺伝?環境?こんなに小さいのにどこから学ぶんだろう。そういう子の親に限って軽く口で注意か放置。遊具も全部ひとり占めしてた。息子くんが遊ぼうとすると、ここは自分の家だからダメ~なんて言ってた。お父さんに叱られてたけど。ただただ子供には強くなってくれ、空気を読んで場を見極められるようになってほしい、どうしたら他人に叩かれなくなるのか・・っと思う。輪に入ろうとすると嫌だ~っと言われ、それでも追いかけまわすと案の定叩かれたりね。それも本気でパンチ、キック。ただそれで学んで逆に人にしないか心配ではある。今日見た子はきっといつもママがママ友としゃべってばかりで放置で寂しいのかも。ひねくれてた感じがした。だってずっとママは遠い所にいた。子供を全く見てないってことでしょ。ずっと一緒に付き添ってた私や子供がが羨ましかったのかもしれない。ちょっと気持ちわかる、自分も放置で寂しくてそんな時があった。それで幸せそうな子に意地悪して怒られてた。だから私は極力ママ友グループには属さずにいる、広く浅いママ関係で終わる。子供を叱らないのも子供にとっては寂しいことだと思う。見ていない証拠なのだから、小学生にもなれば子供だってそのことに気づくこと。

人間が大好きだから、ためらわず入っていくけど、体に触れるだけで攻撃をしかけられたと思っていきなり殴ってくる子もいて毎回泣かされる。外国人の先生にはここまで思いっきり入っていけるのは凄いことだねっと褒められたけど、アメリカでは自分を表現とかになるのだろうけど日本ではどうかな。ただ空気が読めないって事になるのだろう。あ~毎分ごとに注意したり、ルールを教えたりするのが大変。でも毎秒ごとにでも叱ったり注意したり、正してきたおかげで、今では昔に比べたらかなりりこうになった。たとえ毎分ごとでも正さなければ、子供というのはどんどんエスカレートして、5歳にでもなればもういう事を聞かない。2回に1回だけの注意も同じ。サボったぶんのこの隙の子供の中にはちゃんと賢く悪知恵が出来上がる。5歳を過ぎたら躾をするのは難しいのかも。特に乱暴とかでなくても公共の場でのマナーを守れない子供ははっきり言って恥ずかしいと思う。その親はもっと恥ずかしい。まず親が手本っていうけど、その意味が4歳の子供を見てると特に思う。マナーを守れない親の子供はどれだけ言っても教育しようとしても言う事を聞くわけがない。だって親が守ってないのだから、子供は細かい部分までのよく見ている。普通に口でいって聞かない子なら、なおさらもっという必要がある。ガミガミは良くないけど、放置はもっと悪い方向へ行く。特に小学生を持つ親に聞いてみたら、小学生になったら一切いう事なんて聞かないようになるらしい。小さい時に可哀想だけど、ちゃんと正しておかないともっと可哀想なことになる。ガミガミだって小さい時だけなんだから。放置は一生埋められない。だから大人になっても何度指摘されても頑固に変わらない人が多いこと。変えられないのかも。


私も放置で育ったからずいぶん挨拶だとか礼儀のことでは責められたし、でもそれって親に教えてもらってないからしかたない。子供を育ててからずいぶんなおったけど。可哀想だから、自分が疲れるから毎度の注意は休む。それでは悪化する一歩。そういう子供がとっても迷惑したりしています実際。叱るのは愛情がないと出来ない、叱るがない子供は逆計算して親はちゃんと自分を見てないんだろうな、って見透かし、愛情不足になってくのかもしれないって思うんですけど。だって親をなめますから。親をなめると、親のいう事なんて聞くわけがない。親の悪い部分だって子供はすぐに見つけてしまう。毎日、子供にも敬意をはらおうって思いますが、なかなか自分にもできていない。あ~難しいな教育って。子供が3歳まではただの保育ですが幼稚園に入園する頃になると教育に変わっていく。おむつだのトイトレだの離乳食だのって保育だけの時代は今にしてみれば楽だった。その時は死にそうなくらいそれも大変だったけど、今の悩みに比べれば楽だったと思う。


しかし4歳になってだいぶ、思いやりもついてきた。
人よりは色々ゆっくりだけど、めげずに頑張ってる。どんだけ泣いても起き上がる子供の精神はすごいな~って思うわ。いつか立ち上がれない時が来るのかなっとは思うけど。来年からまたコーチング講座がはじまる。レベルアップするのだ。コーチングをしてるので、子育ての見方もずいぶん変わった。親は応援しかできない。あとは愛情を与えて、間違いを正したり、公共でのマナーをちゃんと教えてあげること。可哀想な子供っているのはちゃんとルールやマナーを正しく親に教えてもらいない子なのかもしれない。本当に悪い事をしたときに叱れない親ってきっと自分が可愛いを選んでいるのかな・・とかあ色々考えてしまう。自分を選ぶか、子供を選ぶか。自分を選んでしまっている。自分が可愛いそんな親を見てどんなふうに子供は育つのかな。っとか色々と子供の教育についてとっても興味があります。きちんと勉強してみようかな子供の心理とか教育とか。

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パーゴラで飲み物をみんなが並んで待っていたら横入りしてる人がけっこういた。
だから今日はマナーのない人はどんな教育されてきたのかな?って考えてしまったのだ。きちんと教育しない親がいるからこうなるんだな。迷惑な子供を自分が無意識に世に作りだしてる事にいつ気が付くんだろう。のびのび~なんてそんなのはないない。エゴと愛情をはき違えてるママも多いかなっと思う。だってお店などで食事してごちそうさまって言えるママ
は少ないわね。残さず食べるのもね。お料理も私は母にビュッフェであっても絶対に必ず残さず食べる、食べれない量はとらない、っと教えられてきましたから。それが出来てない人をみると唖然なんです。米粒1粒でも最後まで食べさせられました。最後にひっついた米粒はお茶を注いではがして食べるんです。文化の違いだろうけど、ありがたいって感謝して食べてたらそうならないと思うんだけどな。食材やお店の人に対しても失礼だって思わないのかな?って。ラーメンなんて汁まで全部飲み干しますよ。それが注文して食べるってことだと思っているからね自分は。子供のギャーに負けてしまう親もどうかな。すぐに通報される時代だけど、それに左右なんてされないわ。叱る必要がある時には叱ります。親戚関係の集まりは少し叱る量も減らしますけどねさすがに。怒るのと叱るのは別で、極力怒るを減らし、叱るに回してます。意識しなくても自然に出来る大人に育ちましたそこは。母親のおかげで。

日本だけだろうけど、空気を大事にするのって、見えないルールとかね日本特有ですね。
難しんですよ日本の人間関係って。だからみんな神経使いすぎて幸福度低いんだと思う。余計な神経ばかり気ばかり使うから参っちゃうんだ。この環境でのびのびなんで出来ないって思う当然。日本のそういう所は海外でも悪い例としてね、だってお金があっても幸せじゃないんですから。本当にのびのび出来るのは、世の中のマナーや知識をしっかり入れてだいたい知り尽くした後のような。そういう気難しい日本で本当にのびのび生きて欲しいから子育てもどうやってやるのがいいのか考えているけど・・・。とりあえずまず空気きちんと読んでお友達に叩かれたりせず公園で遊べるようになってほしいな~。もちろん友達にも乱暴せず。あとは子供の言葉に友達が怒りそうになったら親は謝って代弁して、あ~きっといい教育って器用なやり方が出来るかってことなんだね、賢いとかっていう表現もある。元が不器用だからな~内面の方が。バカだし自分。でも不器用だから出来ないって甘えたくはない。みっともない。悲劇の主人公もいやだな、昔は貧乏で辛かったとか・・そういうのも嫌だな。自分が一番大変とか一番頑張ってるとかっているのも嫌だな。みっともない女にはなっちゃいけないな。子供はまだ4歳。たった4年で諦めて放り投げたくはない。自分はいっぱい間違った子育てもしてきたけど、そこからしか学べなかったこともあったな~って。だってすべてが器用に上手くいっちゃうって、出来ない人の気持ちが分からない人間ってことだし、いっぱい失敗してる人の方が思いやりがあっていいわ、冷血でもないしね。思いやりって大事だな~って思う。成功っていうのはすべて物質的な価値観にしかならないしね。学力とか器用さも。生まれつきに出来がいいとか悪いとかって。だって死んだ後はそうでしょ。あっちに持って行けるのは経験値だけですから。子育てだっていくつお稽古を習ったとか、どんだけ公園に連れて行ったとかは全く愛情には関係がないわけど、どんだけ込めたかって所が大事なわけで。保育園ママでも働いていても短い時間での子供とのふれあいでもちゃんといっぱい愛情込めてるママもいますしね。

いっぱい叱ることが多いから、甘やかす時にもその分いっぱいね。公園も行きたいと言えば連れて行く。スキンシップも、いっぱい好き~っも言ってあげる。いっぱい叱ってもどこかでバランスがとれていれば大丈夫かなっと。いっぱい叱られるってことはその分いっぱい可愛がってもらえる部分も増えるって考えられればね。子供にもそう言います。

子育てに迷った時は考える。
もし母ならこういう時、なんて言ってたかな?って。
それが一番だわ。母はいつだって正しい現実を言っていたからね。
私が愛情を貰ってないわけない。
だっていっぱい叱られた。ただそのあり難さに気づくのは30歳過ぎてからだった。
練り強さがなければそれは負けってことになるのかな。一番の負けは諦めることだと私は思う。私の場合ですけど、人は別であろう。


コメント(0) | トラックバック(0) |2015年12月25日 21:18

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