2021年9月アーカイブ


モリコロで1年後にジブリの大きなジブリパークが出来るんです。
ジブリ美術館へもまだ行っていない、行きたいと思ってる。そこでしか買えないグッツがあります。ショートフィルムもあります。そして来年はジブリパークへ絶対に行きたいです。ネットの情報を見たら、思ったよりも大きなパークのようですね。

今日は名古屋でのジブリの展示に息子と行ってきた。
色々見て、あ~ジブリ最高って思いました。ジブリに興味ないって言う人がいると私は冷めてしまいます、この人とは分かり合えないな~って。でもだいたいそうですよ!!


実際そうで、千と千尋が公開された時は旦那さんと映画に行ったけど、2回も見た。それくらい良かった。ジブリって目に見えない愛だとか、いろんな思い、想像力がない人には楽しめないと思っています。この映画達は愛のある人にしか感じ取れない素晴らしさがあるのですから。愛情あふれていないと、夢がないと感じとれないんじゃとか思います。

沢山の戦争だとか平和だとか、本当に人間が大事にしなくちゃならない事のメッセージが沢山あります。セリフ1つでも、映像でも、是非感じとってほしいですね。蛍の墓だけは可哀そうで見れないですね、あれは、戦争やほかにも現実的な問題が盛り込まれているように思う。


興味がないだけじゃなく好きじゃなくって、だいたいそういう人とは私合わなかった。で、そういう人はだいたい無神経だったり、人へ愛を配れない人が多かったな、実際の経験上。冷たいな~って、子供の頃にいっぱいジブリを見せてもらえたことには母親に感謝してる。ジブリは子供の時に見るべき、で青春期、大人っと見る事で感じ取れるメッセージもどんどん変わる、気づきも。たかが子供のアニメではありませんね。深く考えたりひたったりしないと感じ取れない部分もあって・・・

展示を見て飛行機の歴史や飛行機が出来るまでのエピソードや世界の歴史とかが後半できます。

よくよく考えると飛行機、バラグライダー、飛行船、ほうき、ハウルの翼、などあらゆるジブリ作品の中には出ってきますね。トトロでさえも空を舞いますから、

きっと古代の人々はまだ発明されていない飛行機や、宇宙の仕組みが全く未知で、きっと空の上の世界を沢山想像したことでしょう。だから星や太陽があがめられたり、空の上に天国があるっと考えたり、ものすごくわくわくする未知の世界だったんでしょうね。少しでも高くとピラミッドや大きな建造物も作っているし。

地上に住んでいて、鳥を見ては上はどうなっているんだろ?って多くの学者が思った事で、そこへ行ってみたい、それから飛行機が色んな形で発明され実験差されて進化して、今は当たり前に飛行機って普通の乗り物ですが、昔の方が1から想像したり構造を考えたりする歴史を想像すると、なんだか面白いな~。


入れたらどれだけよかったか・・・

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今日の新作。
毎日1つ新作が生まれています。完成後の瞬間に次にアイディアが湧きますから。早朝と深夜に作った。

アンバー色やお花は大人っぽくみえるかなって。

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ミニフレーム。
お得意なミニチュアなハンドメイド小物が活躍。1個だけ作ってお店に置いてみよう。みんなの反応が楽しみです。ワークショップもいいかもしれません。

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ミニかき氷、フルーツ飴

何かアクセサリーもそうだけど、工作とか造形とか何かを作る事って凄く好きです、昔から。得意ではないけど、絵も上手じゃないし、編み物も出来ないし・・・けど常にもっと上達したいな~とか、もっとレベルを上げたいな~とか常に思っています、脳みそを休める事が出来ないんです体質的に。


マルシェ(フリマ)のお店を初めて3年目になります。
はじめての出店は2018年5月でした。体験も販売も上々でした。企画会社さんが素晴らしかったというのがあります、でもそこで楽しさを知りました。

きっかけは2015年に幼稚園でのマルシェに出た事でした。
なんだか楽し~って思って、挫折も味わいましたが、そこで辞めるっという認識はありませんでした。何度も挫折を味わって落ち込んだり泣けてきたりした日々もあったんです、けど辞められなかった、それは好きだからっという理由で。儲ける為だけにはやれないです私は。


作るアクセや体験の内容などは、本当に試行錯誤でした。24時間ずっとアンテナが動いている状態でした。無意識に考えるので脳も休まらないです。


3年間で出店した数は前回のあんずマルシェさんで44回目です。
冬は基本お休みです、募集も無いし人もあんまり来ないですから。春と秋は多いですね。マルシェをやるようになってからは、とても充実した日々でした。

子供達とお話するのも楽しいし、その親とお話するのも楽しくって。
お客さんが「よく考えたね~、凄い可愛い~・・・」って言って下さいます。褒めてくれるんですよ。

私長男の子育てにはとっても苦労して、どんだけやってもキリがなく、完璧にこなしても、母親なら当たり前っていうレッテルがあるので、そんな時は自分で自分をほめる事をしてきました。

そうやって自分の自己肯定感をあげてきました。
でもマルシェでは沢山の方が足を止めてくれて可愛い~って言ってくれます。褒めてくれるんです、それだけでありがたいし、儲けがどうのこうのって言うよりそうやって、良い人に出会えてお話しできたり関われたりすることが素敵って思います。



うちのお店で買ってくれる方は、本当に良い方ばかりで、私も凄く嬉しくって、勉強にもなりますし、ここでしかない経験も増える、同業者さんともお話も勉強&とても楽しいです。

マルシェやらなかったら、こういう世界は知らないままに人生が終わっていたなって。いつか自分がおばあちゃんになった時に旦那さんとの思い出があったとしたら、私はきっと一緒にマルシェが出来たっという念願と感謝の思い入れが残ると思うんです。新婚旅行とか、結婚して8年子供がいなくて一緒に過ごした日々とかよりもです。あとは子供との時間です。


人生は短いので。あれよあれよと終わっていきますが、少しでも色んな世界の事を知りたいです。あれもこれもって無理ですが、ただ食べて、寝て、時が流れて・・・って終わるよりかは、興味のある世界の事を深く追求してみたり挑戦してみたりする人生がいいなって、自分はですけど。それもマルシェやって来たから今思うだけで、やっていなかったらきっと視点や思考は今とは全く別の人生だったと思います。

きっと子育てだけに力を注いだと思います、それも素晴らしんですけど、マルシェを知っちゃうと別です。マルシェじゃなくてもいんですけど、何か1つでも好きな事があって、それをとことんやってみたいです。上昇志向が高いのか、気持ちだけはですけど、コロナでマルシェが延期&中止になってはじめて気が付いた。


あ、私、マルシェが生きがいだって、出るのもお客で行くのもです。
もともとイベントって大好きで、専門学校時代はイベント会社で働きたいな~って希望が強かったです。結局は別の人生を選択しましたが、なにせ色々あって心も不安定でしたので、それもあったかな・・。


結婚して子供を8年くらい作らなかったので、工場やスーパーで働いて、狭い世界で派閥や虐めや色々ありましたが、今思うともっと広い世界へ出るべきだったなっと思います、夫婦だけの生活も楽しかった、海外旅行も沢山行けたし、もちろん職場でも友達が出来たし、仕事も楽しかった、社員行楽や飲み会も楽しかった。虐めとかパワハラとかは本当に一部の決まった人からだったので、それ以外の方と過ごした時間は楽しかったです。




今思うと虐めとかも、なんでそんな事で自分はいちいち悩んでいたのかと思います、バカバカしいって。もっと別の事に時間を肥やすべきでした。もっと前向きな事にです。

虐めてきた方というのは、今思うとやっぱり、とっても狭い世界に閉じこもって生きてる方でした。こうであるべき、こうじゃないとダメって自分にも他人にもルールを作って生きている方で、マイルールが世界のルールだって思っているのか他人にも価値観を押し付けます。だから常に他人が気に入らなくって文句言ってましたそういう人は。


そんな時に私は新婚旅行で初めてのハワイへ行きました。海外旅行はそれが初めてで、旦那さんもです、私も旦那さんもハワイで大きな世界を見たし、日本は世界からしたら小さな島で、日本だけが全てじゃないって思った、アメリカのいい所や、日本のいい所もいっぱい改めて知れて、自分は日本が好きだなって気づいたし、世界って素晴らしいって思った。

小さな事に悩んでいたけど、どうでもよくなって、もっと大きなことをしよう、自分はこんな小さな世界で終わりたくないって思いました。それからエジプトやバリ、韓国、トルコに行って、色んな国を見ると、そういう虐めや風習とかも馬鹿らしくなったんです。
日本での小さな悩みに時間をかける事は馬鹿らしいなって。

親族関係も嫌なら家族辞めたっていいし、もっと自分が自分らしくいられる環境に整えようって思いました、それは最近ですが、家族だからって必ずそこに愛があると約束されているわけではないし、本当に魂が傷つくほどに嫌な思いをしているなら、もうそこから抜けようって、だってその地点で家族じゃないし。


いっつもそこで止まって悩んでいるなんて馬鹿らしいなって、常識がどうとか、嫁はこうでないとダメとか、そうやって言われてたり、小さな親族間での派閥とかもう嫌になったんです、自分の血筋の家族にもですが、そうでない家族にもです。ちょうど30歳の時にもう限界って思って、自分はずっとそうやってねちねちした世界に浸かっていたくないし、離れたいし、もっと自由で先に進める世界を目指したいって思いました。


だからそこから夫婦での言い合いも増えました。それまではずっと自分が我慢することで夫婦が成り立っていたので、旦那さんも私の豹変ぶりにびっくりしてたし、事実を知って苦しんでもいたし。そんな旦那さんもそうやって小さなねちねちとし家庭で育ったからなのか、そういう害にさられれてきたもんだから、今とってもそれで苦しんでいます。病院へも行っています。


私も乗り越えましたし、旦那さんにも乗り越えてもらいたいです。誰も悪くはないけど、因縁ってそういうもんですね、遺伝していくんです。虐めもです、悪気はさほどないんですやってる方は。ただ受ける方は真逆です。


想像力がないから、人への思いやりとか、相手の気持ちや立場が分からないんだと思います。ずっと小さなおかしなルールの中に縛り付けられて生きてくると、苦しみながらもそこから抜け出せずに、苦しさだけが募っていきます。

だから大人になってそういう世界で育った方は、大人になってからその害を実感して、苦しんでいくんです。幼少期ってそれくらい大事なんだなって思います、影響も大きいんですよね。


私今やっと、自由で、自分に自信がもてる生き方が以前よりは出来ています。
実は二十歳の時に親と不仲で、その時に母親と縁を切ったんです、嫌だったからそういう風習やマイルールのあるおかしな世界が。その時思ったんです、こんな家族ならいない方がいいって、家族ってやっかいだし、実際に長い間虐待もあったし、それで心を壊しました。結婚後も疑の家族が出来てもそこは、結局実の家族間に存在したマイルールがやはり存在していて、息苦しかった、だから離婚したいって速攻思いました。

今やっと言いたいことを我慢せず言えるようになった、言い方は凄いけど(不器用だから)でも後悔はしていません。実の母も私にはいらなかたし、義理の母親もいらない存在でした。愛を感じられなかったからです。心無い言葉もあたし、嫌な気持ちにもなったし傷つきました。


常に物質的で、恥のないようにいなさいとか、自分が恥ずかしくないようにいてくれっという要求で、私は家族なのにどうして暴力があるの?家族なのになぜこんなにダメな部分を批判され続けるの、親子なのに家族なのにどうして?って思い続けました。

家族になったんだから、悪い部分も受け入れて仲よくしようって
思う事が普通だと私は思っていましたから、まさかこんなにも、自分のなりふりが不十分で責められるとは思っていませんでした。。相手は悪気がないしまたその方々もそういう世界で育ってそれが当然って刷り込まれてきたのでしかたないんですが・・・。

出来ればどこかで、おかしいって気づいて欲しかった、誰か1人でも。あらがってほしかったし、戦ってほしかった、結局は日本の古い風習や信仰を信じたり続ける事が正しいことって根拠なく思って実行するもんだから、おかしいと思っていても周りに流されたり、合わせたり・・・。

令和になっても今だに子供の英語教育に反対している人がい言う事、秘書検定の内容、男女不平等、など様々、英語はこれから必要になるし、先進国の中では日本は遅れているんです、だからずっと日本にいるからそういう考えになるんです、海外から日本を一度見た方がいいです、特に年配の方はです。全然違いますよ。日本の素晴らしさもより理解できますから。


で、息がつまってしまって、病気にもなりましたし、生きる事が辛かった、ならいっそうの事すべて捨てて1人になりたいなって、死ぬほどつらかったから。

あと実の親子でも義の親子でもそこに焼きもちが発生するんです、意地悪も、些細な事でのいちゃもんとかも多かった。愛も感じられなかった。だから家族辞めようって思ったんです。いつまでもそうやって、つまらない事で悩むのも考えるのも、相手のご機嫌とるのも、もうやめようって。
だって一生死ぬまで続くんですよ。あなたはダメダメって言われて、で悪い部分を直したら今度は料理が出来ていいね、手先が器用でいいね、髪質がきれいでいいねって。単純に息子を取られた焼きもちでしかないし、そこで張り合うのも勝負じゃないわけだし。張り合う意味も分からないです全く。

ずっとこれ続くんだな~って気が付いた時に、もう我慢したくないって思った。


そういう世界をなくしていくことが大事だと思ったんで、おかしいって思ったから、一抜けピしたんです。やりたい人は続ければいい、所属してください。


家族は当たり前に愛してくれるわけではありません。ただこの世で家族として一緒になっただけのことで、魂の上では他人だから、いつまでも依存しあうのはよくないなって、思ったんです。


縁を切ったのは自分の為でもあるし、相手の為でもあるんです。相手にも愛について、思いやりについて、戦争について考える時間を作ってほしかったんです、むろん話が通じるあいてならですが。

距離を取ることで、今自分の中ではそういったバカバカしい悩みも消えて、前に進んでいくためにもいっぱい前向きな気持ちと要素がそろっていますから。だから以前よりは私、生き生きとしています。結婚してからここがなってない、ダメってずっと言われてきたので、いっつも自身がもてず声も小さくなって、発言もできなくなりました、声の小ささで、さらに怒られて、褒めてもらったことが無いんです1度も。頑張って自分のいけない部分をなおしても認めてはもらえなかった、今度はやきもちの嫌味オンパレードでした。

私にやきもちを焼いてるわけですから意地悪して普通なんでしょうが、そういうダメな自分に気づいていないし、認めない、で言葉では好きよ~って。これ絶対におかしいって思ったんです。好きだよっていいながら虐めるって、DVと同じですから。



私これからずっとこの世界にいたら心がいつか潰れちゃうなって思たんです。実家に住んでいた時に受けた暴力もそうでした、この家族から離れなきゃって。暴力を認めない母や見て見ぬふりして逃げてる母も大っ嫌いでした、弱くておろかで、いくじなしって思っていました。


自分がいつか親になったら精一杯の事を子供にしてあげたいって思いました。私が父に暴力をふられた時、母は逃げましたし、兄弟からの暴力も知らんぷり。だれも私を愛してなかったし。家族の誰もが、常識からはずれていましたはじめて18で社会に出た時にその異常さを感じることになりました。

社会はまともで優しくて愛にあふれた場所でした。
暴力も暴言もなかったですし、初めて自分は凄い環境でそだったんだって思った。気づけた。



父は家に帰らず家庭内別居状態で、母は、もう愛されていない事を認められない弱さがあって、躾されずに放置して育ってやりたい放題の兄弟。もう限界でした。いっつも泣いていたし、小さい時から押し入れに隠れていたし、いっつも家を出たいって思っていました。家族辞めたいって。体も常にあざや傷があったし。髪の毛にはガムがひっついて取れなかった、体中に唾をはかれて、みだらけ。年頃になると性的ないやがらせもあって、それが限界を超えました。

財布はいっつも兄弟に盗まれていたし、弟は家じゅうの物を質屋に売った。テレビもコンポも小物もです。

結婚後にも家族辞めようって決断したのは江原啓之さんの本で、家族やめてもいいですか?って本の題名もピンときたし、いっつも姑の言いなりでご機嫌をとってる旦那への嫌気もありました。マザコンだと付き合った時から思っていましたし、想像以上でした。

離婚の希望も申し上げましたし、子供達にもどちらか選びなさいって言いました。今は旦那さんも間違いを認めて、幼少期に刷り込まれたルールみたいなものを剥がす作業を、専門家の力をかりてやっています。


マザーコンプレックスは立派な病気なんです、男児に多くて、大人になっても母からの評価をずっと求めるんですって。幼稚期に認めてもらっていないのが原因らしいですが、母親は娘よりかは息子の方が洗脳しやすいんです、特に母親も無意識でやってるもんだから、反省とかもない、誰かに間違ってるよって指摘されないかぎりは気が付かないんです。実際に伝えてもダメでした。本来はその母親も気づきが必要だし、認める事も必要だし、みんなが勉強しなきゃいけないと思うんですが・・・。

なによりも、「そういうつもりはなかった」で済ますんじゃなくって、
実際に相手はずっと辛い思いをしてきたんだから、もし自分だったらと想像力を働かせて、素直に認めましょう、結果的に傷つけてきたと言う事実に。悪気がなかったとしてもです。ちゃんと謝るんです。ありがとうも挨拶だけど、ごめんなさいも挨拶なんです。だから挨拶がちゃんと出来ないご夫婦だなって私は思います。

謝ったら負けというバカバカしいプライドも捨てなきゃいけないです。結局はこれって犯罪ですからね。あやまったらまだいいのですが、謝らなかったらこれ一方的なテロ攻撃と同じなんです。ちゃん謝れる人間がまっとうな人なんですから。勝も負けもないですよね、だって本当の勝負相手は自分自身だけですから本来は。

過去のダメな自分に勝てるように自分と戦ってほしい、他人との勝負はしょせん他人なわけで、自分自身のやましい心に勝てればいんですから。そもそも家族を勝負の対象とするのも、なんか考えがねじれてるなって。思いやるのが家族なのに。

みんなが自分のすべてを出して、自分と向き合わないと誰も大事な事には気づけないと思うんです。旦那は私が離婚してっという事で、本当に苦しんだし悩んだり考えたりする作業をしてくれて、今は改善へ向かっています。すぐに切れて暴れたりするのもお父さんからの遺伝だと分かりました、同じなんです切れると何をするか分からないから、DVですよ。DVの始まり段階です、怖くって泣いたし、子供達もおびえた、だから子供を守るために何か起きる前に離婚って考えました。


大事な事は自分に素直になる事、ダメな部分があっても大丈夫、ダメな自分も認める、誰かを気づつけたらそういう気がなかったとしても必ず謝る思いやりをもつこと、完璧じゃなくてもいいってこと、不完全が素敵だってこと、どれだけダメな部分があっても愛される権利があるってこと、そして思いはちゃんと言葉に出して相手に伝える事、例え言い合いになってめんどくさいことになってもです。こうした事を私は旦那さんに言いました、子供にも常々いっています。

そもそも何かが出来るからいい人間とか、みんなそうやって人間の価値を決めつけたりするから、こういう思考が生まれちゃう。どんな人も生きる権利があり、誰だって完璧じゃないし、何がどれだけ出来るとかじゃないし。どんだけ人にや思いやりをくばれたかだし、そういう事の方がよほど大事だと思う。

変に威張ったり、自慢したりするから、派閥も張り合うも生まれるわけで。謙虚でいるように自分も気を付けています。

褒められても、ありがとう、いえいえ全然そんなことないです、とか。自慢するから虐めの対象になっちゃうんです。


私は色んな事が不器用で周りよりもワンテンポ遅かったので、母親はそれが恥ずかしかったり、そんな私に出来損ないとか失敗作っというような言い方をして、こんな子供ならいらなかったとよく言われました。なぜ生んだのかって聞いたら勝手に生まれてきた、望んでいなかったのに、お父さんが求めるから産むしかなかった、っと。褒められたこともないですね。


いつも自信がなくて、学校の先生から、もっと自信をもちなさいって言われました。今でもおどおどしています。それだけダメだしされた影響が大きかったと思います、親も悪気はなかっただろうしストレスもあっただろうし、苦労もあっただろうから、親だけが悪いわけではないけど、いっつもダメダメって人格や生まれてきた存在さえも否定され続けてきましたから、小5の時には死にたいって思いましたし、自殺も試みました。辛かった。


大人になってから、自分が母になってやっとそんなことないって思えるようになった。生きてる事に価値があるんです。生き抜くことに価値があるんです。不器用でダメダメな人間だって、どんな人でもです。価値があるから生きるんじゃなくって、生きることに価値があるんですから。私はけっこう不器用だからそんなに誰からも愛されるキャラではないけど、昔よりかは自分を責めなくなりました。


こんなダメな部分のある私を実親や義の家族は否定しましたが、全くの赤の他人の、マルシェにくるお客さんや友達、身近な人たちの多くが、こんな私でも愛してくれましたよ、他人なのにね、この人達こそが家族だって思いました。


家族だからこそ出来ない部分はカバーしたりフォローしたりするのが家族だって思います。嫁が出来たら一緒にご飯するとか、お祝いあげるとか、誕生日やりあうとか、定期的に合うとか、食事を奢るとかって、全部あっち側の一方的な夢なんです。その夢に付き合わされる度に、これは嫁の務めだからと割り切って頑張って耐えました。

なぜある日紙切れ1枚で家族になった他人が、その日から家族ごっこみたいな事が出来るんでしょうか?まったくわかりません。それも理想から私がはずれずととても怒られました。いったい私に何を求めているんだか、他人の理想の夢の人物にはなれないんです。現実は夢と別なんです。

家族っていうのは、言いたいことちゃんと発言して伝えて、お互いに1歩ひいたり押したりして、言い合ったり議論したり、それを続けることが、そもそもそれが家族なのかなって。それが家族です。面倒くさくって嫌な思いも多いんですよ家族でいるのって。そんなにいい物でもないんですよ実際は、赤の他人と同じ家で暮らすことってそもそも地獄なんですよ、ストレスが。

良い所だけピックアップすれば家族とかっていいって思うんでしょうけど。

それがいやなら子供産まなければいんだし、紙切れ1枚で、はい今日から家族しましょうって、出来ませんよ人間なんで。ドラマの撮影でもないし。時間をかけて家族になっていくんです。時間をかけて、みんなが納得してある程度出来上がった形、それがその過程のスタイルになるわけで。お祝いとか誕生日とかなくってもいんです。お祝い、誕生日、入園祝いとか全部何かの形式みたいにやらなきゃいけないわけでもないし。やることが家族って思うのもなんか違うし。

言いたい事言い合えないならそれ家族じゃないいです。発言して、相手の話も聞く、で引ける事とは引く、引けないところは交渉して相手にひいてもらう、代わりに自分がどこかで引いてあげる。の繰り返し。面倒くさい事が家族なんですよ、だから現実を見た方がいんですって。ドラマみたいに絵にかいた家族を想像しすぎると・・・。ありがとう、ごめんねの繰り返しです。



分かりますけどね、私も自分の息子が結婚したら孫やお嫁さん連れて来てほしいし仲良くしたい。あれもこれもお嫁さんにやってあげたい。でも理想ですからあくまでも、自分の理想に沿わせるなんて出来ないんです、よほどの演技派だって無理ですよ。


色々やってあげたい、でも相手はそれを嫌がってる場合もあるし迷惑な場合もあるんだし、これだけしたんだから感謝しろよっていうのは違うと思います。むしろ今日は私たちの理想に合わせてくれてありがとうってそっちがお礼をいうべきです。私なら息子の嫁(未来の)にはそういいますね。付き合ってくれてありがとう、ドラマみたいな事してみたかったの、付き合ってくれてありがとうって。



とても良くしてくれたならいんだけど、行くたびに色んな理想をおしつけられて、相手の考え方にまでイエスっていわないと攻撃がはじまるので恐怖でした、そういう事ばっかりだから、素直に嬉しいって思えなかった。

行くたびにいかに自分を守るか、責められずにいる術式を考えていました。理想の娘でいるのってしんどい。まるごと自分を受け止めてくれたらな~っていっつも思っていた、でもうそういう愛はなかったです。


理想の家族ごっこはもう嫌なになったんです。理想の姿じゃなくって、今の現実を見て欲しいなって、それで私が嫌いなら、もう家族はやれないでしょうって。

ある日、こんなのおかしいって思いました。
おかしい世界に流されて、自分もいずれ自分の子供達にもこういう思いをさせたくないって強く思いました。悪い風習を断ち切りたかったんです単純に。もし子供がいなかったら、私はずっと我慢できました。自分事ですから。でも子供達が犠牲になるのだけは嫌なので、世界中からどう批判されても、これはおかしいって発言します。


そもそもこの世に生まれたこと自体に批判されて生きてきたので、批判されたリ嫌われたりする時間の方が多いんです自分は、逆に愛されることになれていないから、拒否しちゃうんです。不幸に慣れちゃって。



私が目指す家族はそうやって形ばっかりかっこつけるんじゃなくって、自然に成り立ったみんなのスタイルに少しだけスパイスを差し込むような家族です。依存しなくって、許し合うばっかりじゃなくって、お互いを鏡と思ってお互いに向上しあえる関係性です。批判し合ったり、虐めたりするんじゃなくって、応援し合える存在なんです。お嫁さん達が姑に愛情をもらうために張り合っているような関係じゃなくって、家族がなぜ張り合ったり競い合ったりするのかも私にはさっぱり、そうやって仲良くなる努力のない方とは私は無理です。そんな心が自分にはないからです。


張り合って、優位に立って優越感を感じたりとか、競い合ってとか、悲観し合うとか、そういうのは嫌ですから、自分はそういう家族と縁を切って、ダメなところがあっても相手を愛せる人間でありたいんです。愛溢れる家族でいたいんです。

私にとっては、何が身についていないとか、出来てないとか、至らないところがあるとか、そんなことどうでもいんです私には。こうじゃないとダメという条件が満たされないなら愛さないっとい考え方もナンセンスで、それは本物の愛情ではないですし。ドラマの様な理想を押し付けることもしたくないです。他人を動かせはしないし、理想はあくまで理想なんですから。現実をしっかり見て、生きていきたいです。

どんな形でもいいと思ってます、お祝いがなくても、よいしょしなくても、そこに愛があればいいです。形じゃなくって愛は目に見えないものです。お金をちらつかせて相手をコントロールしようとすることは、愛ではないし、ただ相手を理想の枠に当てはめたいだけのことで。

私はあらがいますよ。
おかしい事はおかしいって、せめて心の中では判断したいです。流されたくないし、相手の思うように支配されたくないし、これから我慢もしないし、発言もします、出来ない時は心の中だけでもあらがいます。理由は虐めや生きづらさ、差別、カースト、そういった事が間違っていてそれのない世界が本当に愛溢れた世界だからだと思うからです。実際に私は苦しんできました、ちっとも心やすらがなかったし、押し付けられる理想とかやらされるのも嫌だったし合うのさえも苦痛の時もありました。そこには確実に私に安らげる世界はなかったし愛もなかったと自覚してます。

つまり正しいって言えないんです。胸を張って間違ってるといいたい。自分はそうじゃない家族を作りたいです。女刑務所みたいに、狭い世界で決まりがあって、ボスがいて、みんながボスにすりよって・・・家族のスタイルにもこういうのが盛り込まれている家族もじっさいにあるんです、


私の場合は実の家族で散々な目にあったから義の家族なんて、なおらさです。酷い母親ならいらないと思ったくらいですから、ましてやその代わりになる義の母親も私は得に求めていないんです。孤独であってもまだ1人でいるほうがまっしなんですよ、私には。理想の母親とか理想の旦那とか理想の姑とか理想の兄弟とかって、もう理想は思い描かない方がいいのかもしれません。

自分がやってほしいから、相手にやるんですよね誕生日とか。いらないなって。求めてないなって自分は、何もいただかない事が理想です私は。何もなくていんです、ただまわりの方が幸せでみんなが仲良くしてくれれば私はそれだけで満足なんです。お金も美味しい物もいらない。みんなが仲良くして、くれたら私は十分です。そこには張り合ったり、責め合ったりとかはなくってね!!理想の親とか家族もなくていい、現実が理想から遠くてもそこに愛情があったら私はもうそれでいいって思います。


何もいらないし、何もしてほしくないし、放っておいて欲しい、そこに愛がないなら。意地悪に耐えるくらいならいらない。お金で繋げた関係はいずれは消えてなくなるし、むなしい思いをするのはその人本人ですから。おやめになったほうがいい。

張り合ったり、人を出し抜くのも私には合わないし、出来ないし。自分が特別っていうのも嫌い、特別扱いされるのが嫌いです。普通で良いです。普通の良さを知っているので。

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同じルーティーンの中で人は誰もが生活をしていると思いますが、


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ここまで自分をしっかりもてたのも、マルシェやった経験からだと思う。
多くのお客さんに褒めてもらって励ましてもらって、愛を貰ったから、もう自分を苦しめる事は終わりにしようって思えました。

結局自分を愛してくれたのは、赤の他人で家族じゃなかた、子供と赤の他人です。身近にいる家族や身内からは酷いこと言われたりしたけど、赤の他人は暖かかった。自分に愛情をくれた人すべてを家族と認めます。


自分に酷い評価をしてきた特に母には言いたいですね、こんなダメダメな私も沢山の人に愛されましたって。それで幸せになりましたって。
実の母には感謝していて、今はもう昔みたいに憎んではいないです。

母だけが私を育ててくれた人だし、良い時も実際には沢山ありましたし、そこに感謝もしています。愛も少しはあったように思います、母も完璧じゃなかったんですよね。旦那さんの話を聞けば聞くほど、幼少期時代が悲惨で可哀そうで泣けてくる。それに比べたら自分の母親は全然いい方だって気づいたんです。上には上がいた。


でもどこの母親だって素晴らしいんです、頑張ってるんです、だから救われる日が来てもいんです。そういう日が到来しないから、おかしな思考のままで、いるんです。これは到来するかは夫婦の問題なんですよ。言いたい事言い合って議論して繰り返して、まず夫婦にならないと、だって形だけの夫婦ごっこでしょ、話し合ったりしてこなかったのなら。結局自分がしたことは自分でけりをつけるしかない。自分の問題は自分で解決するしかないんですよね。自分に素直になったら愛に触れられるかもしれませんね。家や車や見てくれはしょせんは嵐が来たら全部持っていかれる物でしょうから、心に残ることをしたいですね。

次男が幼稚園でおばあちゃんとおじいちゃんの顔描いたのってプラバンのキーホルダー作ったようで、2セット作ったんです。
でもねみんながみんな祖父母の愛に恵まれているわけではない。

お決まりなんだろけど、こういうのやらないでほしい。
父の日、母の日、敬老の日って好きじゃない。だっていない人は本気で辛いですよ。これ味方によっては差別になっちゃう。いない人は可愛そうですよ。

「息子がこれおばあちゃんにあげるの」って目を輝かせて言うからカチン

「うちのおばあちゃんとおじちゃんは、両方とも死んでいないからあげられないよ」って4歳の息子に言いました。そしたら、そっか~って納得しました。お母さんのおばあちゃんにいつか会えたら渡してもいいねって言いました。実の母とはどうなるかは分かりませんからこれから先は。旦那や子供は私の母に逢いたいな~って言いますよ。


母は明るくて面白くてさっぱりした人です。おおざっぱな人でした。単純に興味があるんだろうな子供も旦那も。母は楽しい人だから。ただ私を嫌ってはいますけどね、父に似てるからだと思いますが、もういいかげんに旦那に求められなかった事実を受け入れてと言いたい。旦那はしょせんは他人ですから。私は母の子供としてやっぱり母は母ですから好きですよ、好きな部分は好きです。裏切った父に似てる私は憎いだろけど、私は父の様な人間にだけはなりませんから。ちゃんと人を愛せる人間です、ダメな部分は多いですがね。

景色のいいハウジングセンターでのマルシェ


今日は予期せぬ雨で、行く途中で雨が降っていたので、大丈夫かな?と思っていたんだけど、なんとか止んだので、帰ったお店もあったようですが、途中からお店を出し始める作家さんもいっぱいいました。


ハウジングで見学してから、お店を回って下さったお客様、このコロナの中で大変でしたが対策などをしっかりして、皆さん、ご来店&出店してくれたので、成り立ちました。私たちも楽しく他のお店でワークショップして、ゆるっとしてのんびりして、久々のマルシェだったので出ることそのものに新鮮な気持ちで、楽しむことができました。


ありがたいです。
で、ハウジングさんで子供も見学して、お家見てきた~可愛かった~っとはしゃいでいました。かき氷作り体験もやって、上手に出来て褒められて嬉しそうだった。

作ったかき氷をみんなに見せて、これ作ったの~っと。
果物いっぱい飾って、涼しそうでいいな(⌒∇⌒)食べたくなりますね。


下は青で、上は緑色を自分で選んだ。

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お店に置くことになったガチャ。いずれは大きなガチャを置きたいな。

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キーホルダー作りも楽しんでやってくれました。
みなさんセンスが良くて、びっくり。これはボーイズ。恐竜はみんなが大好き(^_-)-☆

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明日もやってます。


もともとは前月に予定していて、キッズダンスショーなどがあったんですが、天候不良で延期に。ダンスショーはなくなって今日はハウジングのおまつりだけだったけど、それでもご来店してくださった親子さん、ありがとうございました。


親子でいっぱいお話してくれて楽しかったです。
これぞ私の求めるマルシェです。とっても幸せな一日でした。
良い主催者さん、良いお客さんに恵まれた最高日和でした。


夏になると人気が上がる金魚袋レジン


今年の春から、マルシェが延期と中止でなかなか出店することができません。

多くの作家さんがそうなんだと思います、応募そのものが凄い数で当選するだけでも奇跡という状況です。


コロナの前はそんなことがなかったので、だいたいは応募の半分以上は当選で出店できていました。作家さんが年々増えているのと、コロナで出店できないから遠くまで行く作家さんも増えているように感じました。

当選しても延期、中止の連続なので、今年はもう無理なんだな、っと心得ました。コロナの事も心配ですし、お客さんが全く来なくて一旦中止になったマルシェもあったので、コロナが落ち着くまではこういう状況が続きそうです。

応募に外れても、名古屋からっという理由で外されたりしても、不思議でなはいです。
今はマルシェが出来ることが普通の状態ではないので、小さなローカルなマルシェがなんとかギリギリやれているのが現状です。

近所などの身近な方からの依頼もあったので、少し収入は助かっていますが、後半は厳しい冬になりそうです。暖房も節約しなくてはならないかもです。食費もかなり切り詰めるようになりました。今だけなので頑張って乗り越えていますが、もう世界中の方がそうなので、文句も言っている状況ではないですよね。生きていてるだけで感染してないだけで有難いって思う時代です。

旦那さんの会社では毎年旅行へ行けるくらいのマネーがもらえるシステムがあり、それで近場へのお出かけや温泉へ行けたりしているので、毎年当たり前だったけど、今はそのシステムにとても感謝しています。ありがたいなって感じます。今すごく思います。これがあるからこの夏も海へ行けたし発散も出来た用に思います。



今週は、
〜PINKあんずマルシェ × ハウスプラザ岡崎〜
に出店します。


天候不良で延期していましたが、らさにコロナの対策をしっかりしての開催になります。飲食はテイクアウトです、ステージなどはなくなりましたが。500円の金券がもらえるのは変わりませんので、是非お近くの方はお越しくださいませ。


キーホルダー作りと、アクセサリーの販売をします。
延期で作家さんも減りましたが、うちも本来は他のマルシェの予定がありましたが、中止になったので、こちらに出店することがたまたま出来ました。

2日間の出店です、どうぞお立ち寄りください



開催日: 9/11,12(土日) 10-15時
開催場所: ハウスプラザ岡崎
(岡崎市美合町字入込68番地)



夏になると作っている金魚袋、これは大人の方に人気があります。
ピアスは依頼もあって作りましたが、とても手間がかかるるんですが、やっぱり楽しいですね。売れるとまた次の分を作れるので、レジンが出来て楽しんです。


今はストックがたまる一方なので、もう作ることはなるべくしていません。少し前の時代が懐かしいように思います。まだコロナになってっというかもう2年くらいは経っているので、自粛ってそうそう以上に辛かったです、子供がいるとです。


男児2人が家の中で暴れたり、騒音の迷惑とかも心配だったし、特い幼稚園入園前の息子は公園へ行けないストレスも可哀そうだった。お兄ちゃんは止めても勝手に行く年齢だからまだいんだけど、小さい子供がいてのコロナ生活は大変だった、特に保育園は休みにならないからまだいんだけど、幼稚園や学校はかなり長い間休みで、旦那さんの残業代もカットされたりで子供達にも不憫な思をさせてしまいました。

特に食費の節約から栄養のあるものを食べさせてあげられなくて、風邪や体調不良になったりがけっこうありました。花粉もですが。白ごはんと納豆、ウインナーっというメニューが続きましたから、偏食も多いので、サプリや野菜ジュースで補ったりしました。子供のサプリも金欠で次の分が注文できていませんね。

亡くなってる方も大勢いるので、生きているだけでもありがたいと思っています。考えれば考えるほど、このコロナもなんだか一瞬夢を見ているような感覚になります、あまりにも現実を現実としてとらえられていないのかも。地球温暖化も今とても影響があって、レジ袋有料化とプラストローなど、今はみんながそれぞれに生活を見直したりして個人個人が動いていかないといけない時代なんだな~っと、私もすごく意識するようになりました。

食品パックを洗って回収ボックスに入れたり、ストローも家ではステンレスや繰り返し使えるプラスチックに変えましたし、電気や水も無駄に使わなくなりました。電化製品も完全に壊れるまでなんとか使ってます。

ちょっと考えてちょっと行動すれば、地球環境ももちょっとの分だけは変わるのかなって。今年はコロナだけではなく天候不良でのマルシェ中止や延期もただただあって、色々な不運が重なっている年に感じました。


私、高校生以来やってなかった、占いを最近またやったりしてます。
それくらい先が読めなかったり、色んな不安などがあるってことなんだなって。


コロナで学校が、何か月か休みだった時、金欠や男児2人の子育てや、お稽古がオンラインになった時の不便さのストレスとか、家にずっといるストレスとか、すっごくありました。やっぱり小さな子供がいる状況はとても大変でした。多くの方がそうで、若い方はもう耐えられないんだなって思いました。

若い方が飲み歩いて広がって・・・それも分かる気もしますが。うちの次男ずっと家で凄いして2人がけんかして2人がぎゃんぎゃん泣いて。学校からの課題もどっさりでした。だって3月からお休みに入ったので新しい年の勉強は一切学校ではやってないのにかかわらず、自宅で親が教えてくださいっとまだ習ってない課題を出されて、私は自分が苦手で自分も理解できなしい、子供も分からないというし。

ママ友も、親が学校の先生とかでない限り教えるなんて出来ないよね、っと、公園で集まった時に色んなママと話をしたら、朝起きるのが遅くて、夜も寝れなくて・・・とみんな同じ悩みで安心したことがありました。息子も12時以降まで起きていたし、次男は起きるのも10時とかだった。公園へ行けないから、太陽に当たらないと人の体って朝夜が感知できないみたいですね。

テレビでの情報も色々な事を言うから、訳が分からなかった。
テレビでは公園へ行くなと言ったり、学校からの紙では、なるべく人の少ない時間帯で公園へ行かせなさいっとい書いてあるし。親もスーパーマンじゃないから、出来ないんですよ。おむかえの公園はもの凄い数の親子であふれかえり、常に子供がマンションの周りを駆け回り、かなりやかましかった。ニュースではそういったクレームも夫婦喧嘩も多かった。自分は平和な状況にいたので、そういう一変した環境にびっくりしてた。ただただ。今は随分自分の置かれた環境が変わったので、慣れたし、これが現実だって今は思いますけど。

3年生の終業式が本来より早めに来て、宣言が出て、いきなり翌日学校から帰宅して以来、長いお休みに入って、9月までずっと延期でかなり長いお休みでした。4,5か月ですよね。次男はまだ未就園児だったので、男児2人が長い間家にこもる生活はそうそう以上に凄くて、私は鬱状態でした。泣いてましたね。

保育園ママは休みは1週間くらいだったよ、と聞いて、保育園と幼稚園のこの違いは何って思いました。多くの親子が自宅前の公園に集まり、普段よりはかなりやかましかったですよ。子供は保育園でママは仕事って人は、家にこもる辛さは私たちほどは理解はないんだろなとも思いましたが、実際にそういう理解出来ないママもいましたが。


幼稚園ママも仕事をしているママは子供を預ける場所がなくって仕事を休んだり、辞めたりもしていたので、みんなそれぞれに大変な状況だったんですよね、あの頃は。

息子も学校でも預かりはあったけど子供が行きたがらずに、だって椅子に座って1日を過ごすだけで、学童とは違って、子供がひたすら椅子に座って勉強
それも誰かが指導するわけでもなく、自分でです、私語禁止でです。子供もストレスになったり、いきすぎればメンタルに影響がありますから。

そういう年もあって、今はそこまでやってはいないですが、実際に学校が2学期で始まったと思ったら、5時間授業が増えたんです。息子は凄くしんどいと言っていました、お稽古もあるからです。

コロナ中はとても辛くて逃げだしたかった。
スーパーでさえ何かの罰に感じるくい大変だった、何もかもが。そんな時は、友達とラインでそういう話をして、友達も同じだって思えてお互いに励まし合ったりしたことが自分にとっては大きかった。家族も大事なんだけど、友達って凄く大きなって思いました。


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